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JACI テキスト GSC16. GSC に関する評価方法、ラ イフサ クルアセスメント...

Date post: 19-Jul-2020
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GSC 14 GSC 賞経済産業大臣賞受賞 2014 年度) 植物由来原料を用いた 高機能透明プラスチックの 開発と商業化 GSC 賞を受賞した社会的実践事例から学ぶ GSC 賞は、グリーン・サステイナブルケミストリー(GSC)の推進 に貢献した優れた業績を上げた個人、団体に贈るもので、毎年数件の業 績が表彰されます。その中で、経済産業大臣賞は産業技術の発展への貢 献に、文部科学大臣賞は学術の発展・普及への貢献に、環境大臣賞は総 合的な環境負荷削減への貢献に、さらにスモールビジネス賞(2015 度新設)は、中小規模の事業体を対象に産業技術の発展への貢献に対し て贈ります。将来の展開が期待できる業績には奨励賞を贈ります。 三菱化学株式会社は、総合化学メーカーとして石油化学製品などの開 発を行ってきました。2017 年に三菱樹脂、三菱レイヨンと経営統合し、 現在は三菱ケミカル株式会社(本社は東京都千代田区)になっています。 GSC 賞と受賞企業のプロフィール Green and Sustainable Chemistry 入門 JACI テキスト No. 4 三菱化学株式会社(現 三菱ケミカル株式会社) 三菱化学株式会社(現 三菱ケミカル株式会社)は、再生可能資源から 作られるイソソルバイドを主原料とした透明エンジニアリングプラス チックを開発し、商業化に成功しました。再生可能資源を利用した独 自のプロセスにより環境負荷を低減しただけでなく、耐衝撃性や耐候 性に優れるなど製品の性能を画期的に向上させています。
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Page 1: JACI テキスト GSC16. GSC に関する評価方法、ラ イフサ クルアセスメント の確立と普及 大分類は、目的とする社会的貢献とその達成手段との組合せで表現しています。そして、それらの取組

GSC第 14回GSC賞経済産業大臣賞受賞(2014年度)

植物由来原料を用いた高機能透明プラスチックの開発と商業化

GSC賞を受賞した社会的実践事例から学ぶ

 GSC賞は、グリーン・サステイナブルケミストリー(GSC)の推進に貢献した優れた業績を上げた個人、団体に贈るもので、毎年数件の業績が表彰されます。その中で、経済産業大臣賞は産業技術の発展への貢献に、文部科学大臣賞は学術の発展・普及への貢献に、環境大臣賞は総合的な環境負荷削減への貢献に、さらにスモールビジネス賞(2015年度新設)は、中小規模の事業体を対象に産業技術の発展への貢献に対して贈ります。将来の展開が期待できる業績には奨励賞を贈ります。 三菱化学株式会社は、総合化学メーカーとして石油化学製品などの開発を行ってきました。2017年に三菱樹脂、三菱レイヨンと経営統合し、現在は三菱ケミカル株式会社(本社は東京都千代田区)になっています。

GSC賞と受賞企業のプロフィール

Green and Sustainable Chemistry

入門

JACIテキスト

No.4

三菱化学株式会社(現 三菱ケミカル株式会社)

三菱化学株式会社(現 三菱ケミカル株式会社)は、再生可能資源から作られるイソソルバイドを主原料とした透明エンジニアリングプラスチックを開発し、商業化に成功しました。再生可能資源を利用した独自のプロセスにより環境負荷を低減しただけでなく、耐衝撃性や耐候性に優れるなど製品の性能を画期的に向上させています。

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1GSC入門

GSCとは 名称:グリーン・サステイナブル ケミストリー(Green and Sustainable Chemistry)

GSCの定義 人と環境にやさしく、持続可能な社会の発展を支える化学

● 化学は、社会の持続可能な発展のために、未来に向けた研究・教育、および環境に配慮したシステム・プロセス・製品の開発に取り組んできました。

● とりわけ、1992年の地球環境サミット、リオデジャネイロ宣言を受けて、化学は、産・学・官一体となり、化学製品の設計から、原料の選択、製造過程、使用形態、リサイクル・廃棄までの製品の全サイクルにおいて、環境との共生の下、社会の要求に従い、経済合理性をもって環境、安全、健康に配慮した取り組みを進めるべくGSCを立ち上げ、活動を行ってきました。

● 全地球規模で、資源・エネルギー、地球温暖化、水・食糧、人口問題などの長期的課題が深刻化・複雑化する今世紀において、これらの課題解決を図り、より健康で豊かな社会の持続的発展をもたらす牽引役として、化学を基盤とするイノベーションへの期待は、益々大きくなっています。

● 化学は、産・学・官・民・国等の枠組みを超えたグローバルな連携・協調によってGSCを強力に推進し、これらの期待にこたえていきます。

GSC活動の指針

GSCの事例

低環境負荷生産に向けた資源消費最小化・反応プロセス高効率化1. 副生成物の発生量を低減する化学技術および製品 2. CO2等の温室効果ガスや汚染物質の発生量を抑え、環境負荷を低減する分離・精製・リサイクル

3. CO2等の温室効果ガスの発生量、環境への放出量を低減する化学技術および製品

4. 省資源・省エネを実現する触媒および反応プロセス

安全・安心な生活環境に資する化学物質のリスク低減5. 廃棄物の発生量を低減する化学技術、製品およびシス

テム 6. 有害・汚染物質の発生と排出を抑止する化学技術、製品およびシステム

エネルギー・資源・食糧・水問題の解決へ向けた取組み7. 低品位の熱源や非在来型資源などを利活用するための

化学技術、製品およびシステム 8. 未利用エネルギー・資源を有効なエネルギーに転換して貯蔵・輸送する化学技術、製品およびシステム

9. 枯渇資源(化石資源・希少資源)への依存度を低減する、または再生可能エネルギー・資源への転換・貯蔵を促進する化学技術、製品およびシステム

10. 3R(リデュース・リユース・リサイクル)に貢献する化学技術、製品およびシステム

11. 食料の生産・供給過程の高効率化、水資源の有効活用に資する化学技術、製品およびシステム

安全・安心・豊かで持続可能な社会実現のための長期的課題に対する先駆的取組み12. 社会的課題の解決(エネルギー・資源、食糧・水、防災・インフラ整備、運輸・物流、医療・ヘルスケア、教育・福祉等)のための、ICT等を活用した新しい社会システムの導入に貢献する、化学技術・新製品、および新形態のサービス

13. 環境への負荷を抑止しつつ社会や人の快適性の向上に寄与する化学・化学技術、新製品、および新形態のサービス

GSCの体系化・普及啓発・教育およびGSCの評価方法の確立・普及14. GSCの体系化 15. GSCの普及啓発・教育 16. GSCに関する評価方法、ライフサイクルアセスメント

の確立と普及

─大分類は、目的とする社会的貢献とその達成手段との組合せで表現しています。そして、それらの取組対象において、製造時あるいは使用時から社会的課題、さらに長期的難課題へと順次、取り組み対象を広げたものとし、また共通・基盤的項目も設けています─

(JACI GSCネットワーク会議の定義より http://www.jaci.or.jp/gscn/page_01.html)

 世界規模で、資源やエネルギー、地球温暖化、水や食糧などの課題がますます深刻になり、複雑になっています。それらの課題を解決し、社会の持続可能な発展に向けて、環境保全と経済発展を両立させるイノベーションが求められており、

GSCへの期待は高まる一方です。このテキストシリーズでは「GSCとは何か」を理解し、私たちみんなが持続可能な社会の担い手になることをめざして、GSCの推進に貢献したすぐれた業績に贈る

GSC賞を受賞した技術や製品を解説します。

このテキストシリーズのねらい

※巻末の東京宣言 2015をご参照ください。

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2GSC入門 植物由来原料「イソソルバイド」がカギに高機能のエンジニアリングプラスチックを開発三菱化学株式会社(現三菱ケミカル株式会社)

第14回GSC賞経済産業大臣賞(2014年度)は、三菱化学株式会社(現三菱ケミカル株式

会社)の「植物由来原料を用いた高機能透明プラスチックの開発と商業化」が受賞しました。

同社が開発した再生可能資源から作られる透明エンジニアリングプラスチック

「DURABIO®(デュラビオ)」は、環境負荷の低減に貢献するばかりでなく、光学特性や耐

候性などにおいては従来のエンジニアリングプラスチックを超える性能を実現しています。

技術開発に至るまで

 プラスチックは日用品や電気部品、包装材料などに広く使われており、私たちの生活には欠かせない物質です。現在ほとんどのプラスチックは石油資源由来の原料から作られており、資源の枯渇や廃棄による環境負荷の増大などが問題になっています。そこで、再生可能な有機資源を原料にしたものや生分解性のものなど環境負荷の小さいプラスチックの実用化が求められています(コラム①)。 三菱化学株式会社(現三菱ケミカル株式会社)も「脱化石資源」への転換をめざし、バイオ原料を用いたプラスチックを開発しています。一方で、同社はすぐれた機械的強度と耐熱性をもつエンジニアリングプラスチック(エンプラ)を主力製品にラ

インナップしており、市場やユーザーのニーズに合わせた様々な製品を開発してきました(コラム②)。中でもDVDやCDなどの材料となるポリカーボネートは、ガラスの250倍以上の耐衝撃性や高い透明性を備え、耐熱性、寸法安定性*1にも優れています。しかし、光学異方性*2があり、表面が傷つきやすいなどの弱点がありました。そこで、これらの弱点を解決し、「ガラスに代わる新しい素材を作りたい」とポリカーボネートのポリマー構造から見直しました。 ポリカーボネートとはカーボネート基をもつポリマーをさし、現在広く使われているポリカーボネートはビスフェノールAを重合した芳香族ポリカーボネートです(図2)。

1~社会の持続可能な発展の実現に向けて、どのような意思のもとで開発が始まったのでしょうか。

*1温度や湿度などが変化したときにおこる膨張や収縮による寸法の変化の度合い

*2異なる材質(例:空気から水)に向かって光が進入するときに境界面で光の進む方向が曲がることを「光の屈折」と呼ぶ。方解石などでは,境界面で屈折すると光が2つになる。このような現象を「複屈折」と呼ぶ。複屈折する試料は「光学的に異方性」があるといい、ガラスのように複屈折を示さない試料を「光学的に等方性がある」という。

図 1:DURABIO®(左)とそれを使った車体(右、画像提供:マツダ)

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3GSC入門

*3脂肪族化合物は、構成する炭素原子どうしが鎖状に連なっており、芳香族化合物は、ベンゼン環を含んだ構造をしている。

 プラスチックは熱可塑性プラスチックと熱硬化性プラスチックに分類できます(GSC入門No.2参照)。熱可塑性プラスチックのうち、耐熱性や機械的強度を向上させたプラスチックのことをエンジニアリングプラスチック(エンプラ)といいます。エンプラの定義は明確ではありませんが、一般的には耐熱温度100℃以上、強度50MPa以上、曲げ弾性率2.5GPa以上などのものとされています。 ポリ塩化ビニル、ポリエチレン、ポリスチレンなどの汎用プラスチックの分子鎖(主鎖)は炭素のみで構成されますが、

エンジニアリングプラスチックでは、酸素や窒素など炭素以外の元素、さらにベンゼン環などを含みます。炭素ばかりの構造は、分子が回転しやすく、耐熱性が低いのですが、違う種類の元素を入れることによって不活性となり、耐熱性が向上します。エンプラにはポリアミド(PA)、ポリアセタール(POM)、ポリカーボネート(PC)、変性ポリフェニレンエーテル(m-PPE)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)などがあります。

エンジニアリングプラスチック2コラム

 バイオマスプラスチックと生分解性プラスチックの総称です。バイオマスプラスチックは化石燃料である石油に由来する材料ではなく、生物に由来する再生可能な有機性資源(バイオマス)を主原料として、合成するプラスチックのことです。生分解性プラスチックは、通常のプラスチックと同様に使うことができ、使用後は微生物によって最終的に水と二酸化炭素に分解されるプラスチックのことです。バイオマ

スプラスチックの中にも生分解性をもたないプラスチックがあります。 バイオプラスチックの材料にはトウモロコシなどに含まれるデンプン、微生物が作り出すポリアミノ酸、間伐材に含まれるセルロースやリグニン、植物が生産する油脂、エビやカニなどの甲殻類の外骨格に含まれるキチンやキトサンなどがあります。

バイオプラスチック1コラム

*4エステルとアルコールを作用させ、別のエステルを作る反応。酸または塩基が触媒として用いられる。

 ポリカーボネートの製造法には界面重縮合による「界面法」とエステル交換反応*4による「溶融法」があります(GSC入門No.2参照)。よく使われているのは、ビスフェノールAとホスゲンを用いた界面法です。一般的な脂肪族化合物では、その性

質から界面法では重合できないので、溶融法で行うことになります。溶融法では、アルコール(この場合は脂肪族ジオール)とエステルであるジフェニルカーボネートを用いてエステル交換を行い、ポリカーボネートを合成します(「もっとくわしく」

ビスフェノール Aに代わる優れたモノマーを探す

課題の解決に向けて~どのような技術課題が生じ、解決方法をあみ出しのでしょうか。

2

図2:ポリカーボネートとDURABIO®の構造

 芳香環をもつプラスチックは複屈折が大きくなる性質があります。そのため、光学特性を改善するためには芳香環を含まない脂肪族化合物*3を使えばよいわけです。 モノマーに脂肪族化合物を使った脂肪族ポリカーボネートがありますが、現在知られているものは融点や軟化点が低く、そのままでは実用的な

成形材料としては使えません。つまり、芳香族ポリカーボネートのすぐれた性質はモノマーであるビスフェノールAからもたらされるものなのに、ビスフェノールAを使わずに優れた物性を持つ新しい素材が作れるのでしょうか。開発チームのモノマー探しが始まりました。

O

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OHO OHC

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CH3

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O

R:共重合成分である脂肪族ジオールDURABIO®

芳香族ポリカーボネート

ビスフェノールA

カーボネート基(炭酸エステル結合)

C C

O n

OO

CH3

CH3

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4GSC入門

 イソソルバイドが耐熱性と反応性を兼ね備えたモノマーであることがようやくわかったものの、樹脂の完成に至るまでには課題が山積みでした。まず、実際にジオールとしてイソソルバイドのみを構造にもつポリカーボネートを合成してみたところ、このポリマーは柔軟性が低く、もろいものでした。これでは、芳香族ポリカーボネートの物性にとても及びません。再び分子設計のやり直しです。 そこで、提案されたのは、他の脂肪族ジオールと共重合させることでした。コンピュータによる計算でポリマーの物性を推算し、耐熱性を維持しつつ、もろさを改良するように検討しました。その結果、共重合成分の種類やイソソルバイドとの共重合比率を変えることによりガラス転移温度*5

を調整できることがわかりました。 製品の開発では、最初は実験室で、段階を追って少しずつ設備を大きくして実験を繰り返します。小スケール実験ではうまくいっても、スケールを大きくすることで思わぬ副反応の影響が現れてきます。この場合は合成したポリマーが茶色く着色することや不純物が生成してしまうことが明らかになりました。また溶融法は高温で長時間反応させることが必要ですが、製品化するためには効率よく反応させ、収率を上げることも必要です。 そこで、重合反応シミュレーションを利用し、

まずは触媒を改良してカルシウムやマグネシウムなどのアルカリ土類金属を用いました。重合プロセスを徹底的に見なおし、さらには安定剤を最適化するなど改良を繰り返しました。製造プロセスではまず原料のイソソルバイドと共重合成分である脂肪族ジオール、およびジフェニルカーボネートを溶融混合させます。触媒の存在下で、副生するフェノールを減圧にして系外に除くことにより重合反応が進行します。この時、はじめから高温、高真空下で重合させると、原料が未反応のまま系外に留出してしまい、重合の進行が途中で停止することがわかりました。 そこで、重合初期段階では比較的低温、低真空で反応を進めます。後半になると比較的高温、高真空にし、系内のフェノール濃度を下げ、平衡を重合側にずらしながら高分子量化を進めます。工業的には、重合初期と後期で反応条件の異なる複数の反応器を用いて製造します。 こうしてできたプロセスでは、反応時間は短くなり、低温で反応が進められるようになりました。樹脂の着色はイソソルバイドの熱安定性の低さによるもので、高温ではより着色しやすくなります。低温でも短時間で重合を進めることが可能になると、無色の樹脂が得られるようになり、エネルギーの削減も可能になりました(図4)。

もろい、茶色い…次々と見つかる課題

*5ガラス転移を起こす温度をガラス転移点、ガラス転移温度といいTgと表記される。それより高い温度域では樹脂はゴム状態(液体)、それより低い温度域ではガラス状態(固体)になる。ポリカーボネートのような非晶性樹脂では、このガラス転移温度が実用的な耐熱性の指標となる。

 イソソルバイドは、環状構造の中に炭素以外の酸素元素を含む二級の複素環式ジオールの構造をしており、直鎖状の脂肪族ジオールではないので、ポリマーにしたときに耐熱性や剛性を持たせることができます。また、酸素を含む環構造をもつため、反応性が高いという特徴ももちます(「もっとくわしく」を参照)。

 これまで、同社が進めていた「バイオ原料からプラスチックを作る」と「ガラスのように透明度が高いが、割れたりせずに強い新しいエンジニアリングプラスチックを作る」という2つの研究が融合し、再生可能資源を用いた高機能のエンジニアリングプラスチックの開発が始まりました。

図 3:グルコースからイソソルバイドができる反応イソソルバイドはグルコースの還元反応で生成するソルビトールを経て、生成する。グルコースはデンプンから作られる。

を参照)。界面法に比べて、多量の溶媒を使わないなど環境負荷の小さいことが長所です。 ところが、脂肪族ジオールを用いた場合はその構造によって反応性やポリマーの性質が異なります。まず直鎖状の脂肪族ジオールを用いた直鎖脂肪族ポリカーボネートは、分子が運動しやすい構造であるため耐熱性が不足してしまいます。一方、環状の脂肪族ジオールを原料にすると、今度は反応性が大幅に低下して、重合反応が進まないので

す。 重合性と耐熱性はトレードオフの関係にあります。熱に強くて、反応性がよい脂肪族ジオールはないものかと探していた時に、原料の候補として見つかったのが “イソソルバイド ”でした(図3)。イソソルバイドはトウモロコシや小麦など植物由来のデンプンや糖から作られる化合物で、利尿薬などの医薬品の原料でもあります。

OO

OHOH

OHH H H

OHH OHHO

OHOH

OHHO

HO HOH2C CH2OH

グルコース ソルビトール イソソルバイド

OO

OO

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5GSC入門

図 5:完全閉サイクルジフェニルカーボネートとイソソルバイドおよび脂肪族ジオールを溶融混合させ、副生するフェノールを減圧にして系外に除くことにより重合反応が進行する。わずかに副生する不純物(αやβで示す)を除き、副生するフェノールの純度を上げることでジフェニルカーボネートの原料として再使用する。

 開発された樹脂はDURABIO®と名付けられ、市場に出ることになりました。DURABIO®はイソソルバイドを主原料とし、その骨格に大気のCO2由来のCを含むので、最後に焼却してもそのCO2は大気中のCO2を増やしません。したがって、廃棄までの枯渇資源由来のCO2排出量の削減につながります(図6)。 また、高活性触媒の開発と製造プロセスを改良し、低温、短時間での重合が可能になったことは、一次エネルギー使用量すなわち化石資源使用量の削減につながりました(図6)。さらに、塩化メチレンなどの溶媒を使用しないことや完全閉サイクルを実現したことは、環境負荷を大幅に低減しています。 また、DURABIO®は従来のポリカーボネートにはない高い透明性や耐候性、傷付きに強いという特徴を実現しました(図7)。植物由来のポリマーではありますが、生分解性はなく、むしろ耐久性

に優れています。光学特性にも優れ、ガラスの代替品として使われている透明で耐久性に優れたアクリル樹脂にも匹敵するほどでありながら、アクリル樹脂にはない延性*6も示し、当初めざした高い透明性を生かした用途に加え、光学フィルムなどへの展開が期待されます。UV光による黄変もほとんどないので、耐候性が必要な屋外用シートや表層フィルムなどにも使えます。 ポリカーボネートとアクリル樹脂の良さを併せ持つことで多くの用途が期待されたものの、市場に出してもコストが高いためか、当初の目的の光学特性をいかした用途はなかなか広がりませんでした。しかし、顧客の要望に応えて開発を進めていくうちに、自動車部品として思わぬ用途が見つかりました。透明性の高い樹脂なので、発色性が良く、顔料を配合するだけで、塗装品を超える「鏡面のような平滑感と深みのある色合い」を表現できると評価されたのです。表面が硬く、擦り傷が

社会への貢献~新しい技術は社会にどんな価値をもたらしたでしょうか。

3

図 4:プロセスの改良重合条件などを変えることにより、樹脂がより透明になり品質が向上した。*L値は色の明るさ(明度)を示し、値が大きいほど、色味が増す。

 せっかく植物由来の原料を使っても、環境負荷の大きいプロセスでは元も子もありません。副生するフェノールは、精製後ジフェニルカーボネートの原料として再使用することで、排出物を出す

ことなく完全閉サイクルでの製造が可能になりました(図5)。微量に発生する不純物はボイラーの熱源として利用します。

*6物体が力を受けても破壊されずに、引き延ばされる性質。

OO

O

OH

OO

OO

O

OOα

αCO

β+ +

OH

β+

β

β

ポリマー:DURABIO精製

ジフェニルカーボネート

イソソルバイド脂肪族ジオール

不純物

精製

フェノール

0 1 2 3 4 5 6 7

96.0 96.2 96.4 96.6 96.8 97.0 97.2

イエローインデックス

L* 値

黄色

高光線透過

触媒改良

安定剤最適化 安安安安安安安安安安安安安安安定定定定定定定剤剤剤剤剤剤剤剤剤剤剤重合プロセス改良 ビスフェノールA

ポリカーボネート

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GSC入門 6

 GSCを推進するためには、研究開発と並行して技術をGSCの物差しで評価することが必要です。GSC賞の選考ではLCA(ライフサイクルアセスメント)評価法として簡易型レーダーチャートを用いた「四軸法」が利用されています。 四軸法は、(a) エネルギー軸(もしくは、CO2軸)、 (b) バージン資源軸(Virgin)、 (c) 埋め立て量軸(Landfill)、(d)

一般環境軸(Emission)の4つの指標で技術を評価し、いずれも標準製品(既存技術)を1とした改善程度を相対値で表します。結果はレーダーチャートで示します。詳細は以下のサイトを参考にしてください。http://www.jaci.or.jp/gscn/page_01_03.html

GSCの評価3コラム

図 7:DURABIO®の特徴ポリカーボネートのもつ耐熱性や耐衝撃性、アクリル樹脂のもつ高透明性や UV耐性を兼ね備えるだけでなく、光学特性や撥菌性という新たな機能も持つ高機能樹脂が植物由来の原料からできた。

つきにくいという特長もあり、塗装工程が不要で、塗料から発生するVOC(揮発性有機化合物)を低減することができます。熱可塑性樹脂なので、成形に失敗してもまた溶かして再生することができます。 さらに、材料表面に付着した微生物をはじき、水などで洗い流せる撥

はっ

菌性があることも見つかりました。「撥菌」は菌をはじくという意味の造語です。詳細なメカニズムの解明はこれからですが、用途が医療機器などに広がることが期待されてい

ます。 再生可能資源を用いた高機能樹脂の開発は、担当者たちの努力に加え、同社が長年築いてきた樹脂の設計技術や製造技術がなければ実現しなかったでしょう。また、マーケティングの力が用途の拡大につながりました。しかし、課題も残っています。イソソルバイドの原料はトウモロコシなど可食性のものなので、今後は非可食性の原料に変えていく必要があります。また、より環境負荷の低い製造法をめざして、努力が続けられています。

図 6:DURABIO® による環境負荷の低減左:環境省グリーンバリュープラットフォームに従い算出した環境負荷指数(LCAの指標となる)右:既存のポリカーボネートとの環境負荷指数の比較環境省グリーンバリュープラットフォームhttp://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/index.html

00.20.40.60.8

1CO2

Emission

Virgin

新規技術既存技術

温暖化

既存技術の描くチャートよりも、新規技術のチャートの方が小さくなっており、環境負荷低減効果が一目でわかります。

Landfill

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7GSC入門

イソソルバイドの重合

❶ 界面法界面法では、ビスフェノール A のアルカリ水溶液と塩化メチレンからなる二相系で、ビスフェノール A のアルカリ金属塩(通常はナトリウム塩)とホスゲンを反応させて重合させます。イソソルバイドは、この条件だとアルカリ金属塩を形成しないため、界面法で重合させることは困難です。

❷ 溶融法ビスフェノール A などの芳香族ジオールや一級脂肪族ジオールは、ジフェニルカーボネートとエステル交換し、高真空下で副生するフェノールを系外に除くことにより重合を進めることができます。しかし、一般的な二級脂肪族ジオールや二級脂環式ジオールは、酸性度が低く立体障害があるため、ジフェニルカーボネートとエステル交換をしにくく、重合が進みません。しかし、イソソルバイドではエーテル結合を含む複素環構造がヒドロキシル基を活性化し、二級ジオールにも関わらず高い酸性度を示し、ジフェニルカーボネートとエステル交換させて重合させることができます。

❸ 溶融法の触媒ビスフェノール Aなどの芳香族ジオールでは、一般的にナトリウムやセシウムなどの 1族の金属塩やオニウムなど、塩基性度の高い触媒が用いられます。ビスフェノール Aには酸性度の高いフェノール性OH基があるためです。塩基性度の高い触媒がフェノラートアニオンを生成させ、これがジフェニルカーボネートのカルボニル炭素を攻撃することで重合が進行します。一方、酸性度の低いイソソルバイドでは、カルシウムやマグネシウムなど塩基性度のあまり高くない 2族の金属塩が高い重合活性を示します。これらの触媒はジフェニルカーボネートのカルボニル基の分極を促し、δ+性を帯びたカルボニル炭素にイソソルバイドの酸素が求核的に攻撃して、重合が進行するためと推測されています。

もっとくわしく

理解を深めるためにこの事例を通して、GSCの観点から以下の問いについて考えてみましょう。

Q1 本教材の技術・製品はGSC の事例のどれに最もよく当てはまるか、その理由とともに討議してください。

Q2 社会に実装されて初めてGSCは完結します。そのためには、3要素、すなわち環境性・社会性・経済性の要求を同時に満たす必要があります。例えば、本教材の技術・製品の事例で環境性・社会性のみならず経済性を満たすためにどのような方策を講じたか整理してください。

Q3 イソソルバイドが植物由来の原料を用いた透明エンジニアリングプラスチックのモノマーとして好適な理由を整理してください。

Q4 可食性のバイオマス原料を使用することには、どのような問題が生じる可能性があるでしょうか。

Q5 イソソルバイドはグルコースから合成されます。非可食なバイオマス原料からグルコースを得るためには、どのような技術が必要でしょうか?

Q6 バイオマスを原料とするプラスチックには、どのような種類のものがあるかを調べてみましょう。

Q7 GSC入門 No.2でも、ポリカーボネートの製造法を取り上げています。LCAの観点やGSCの評価法(コラム③参照)から二つの技術を比較してみましょう。

設問

F. Fenouillota et al., Prog. Polym. Sci., 35, 578(2010) 駒谷隆志ほか、高分子、61, 203(2012) S. Chatti et al., Macromolecules, 39, 9064(2006) S. W. Karickhoff et al., Quant. Struc. Act. Rel., 14, 348(1995) KAITEKI 経営 :三菱ケミカルホールディングス https://www.mitsubishichem-hd.co.jp/kaiteki_management/駒谷隆志「バイオプラスチック技術の最新動向 99」(CMC出版、2014) 荻野和子ほか、「環境と化学 グリーンケミストリー入門第 3版」(東京化学同人、2018)

こんな資料を活用しよう文献紹介

n o + n HO̶R̶OHco

ジフェニルカーボネート

ポリカーボネート

ジオール

フェノール

o

OH2nOCn

O

OR +

溶融法によるポリカーボネートの製造

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We, the participants of the 7th International GSC Conference Tokyo (GSC-7) and 4th JACI/GSC Symposium make the following declaration to promote “Green and Sustainable Chemistry (GSC)” as a key initiative in the ongoing efforts to achieve global sustainable development. The global chemistry community has been addressing future-oriented research, innovation, education, and development towards environmentally-benign systems, processes, and products for the sustainable development of society. In response to the Rio Declaration at the Earth Summit in 1992 and subsequent global Declarations, the global chemistry community has been working on challenges in a unified manner linking academia, industry, and government with a common focus to advance the adoption and uptake of Green and Sustainable Chemistry. The outcomes include the pursuance of co-existence with the global environment, the satisfaction of society’ s needs, and economic rationality. These goals should be pursued with consideration for improved quality, performance, and job creation as well as health, safety, the environment across the life cycles of chemical products, their design, selection of raw materials, processing, use, recycling, and final disposal towards a Circular Economy. Long-term global issues, in areas such as food and water security of supply, energy generation

and consumption, resource efficiency, emerging markets, and technological advances and responsible industrial practices have increasingly become major and complicated societal concerns requiring serious attention and innovative solutions within a tight timeline. Therefore, expectations are growing for innovations, based on the chemical sciences and technologies, as driving forces to solve such issues and to achieve the sustainable development of society with enhanced quality of life and well-being. These significant global issues will best be addressed through promotion of the interdisciplinary understanding of Green and Sustainable Chemistry throughout the discussion of “ Toward New Developments in GSC. ” The global chemistry community will advance Green and Sustainable Chemistry through global partnership and collaboration and by bridging the boundaries that traditionally separate disciplines, academia, industries, consumers, governments, and nations.

July 8, 2015Kyohei Takahashi

on behalf of Organizing CommitteeMilton Hearn AM, David Constable,

Sir Martyn Poliakoff, Masahiko Matsukata on behalf of International Advisory Board

of 7th International GSC Conference Tokyo (GSC-7), Japan July 5-8, 2015

東京宣言2015

The Statement2015

 我々、「第 4回 JACI/GSCシンポジウム・第 7回 GSC東京国際会議」の参加者は、世界の持続可能な発展のために各界の弛みない努力が進められている中で、その基盤をなすイニシアチブとして「グリーン・サステイナブル ケミストリー(GSC)」の推進を次のように宣言します。 我々、世界の化学に携わる者は、社会の持続可能な発展のために、未来にむけた研究・イノベーション・教育、および環境に配慮したシステム・プロセス・製品を志向する開発に取り組んできました。 1992年の地球サミットにおけるリオ宣言及びそれに続く諸条約を受けて、世界の化学に携わる者は、産・学・官一体となり共通の目的意識をもって、グリーン・サステイナブル ケミストリーの採用と活用を前進させるために、困難な課題に取り組んできました。その成果としては、地球環境との共生、社会的要請への充足、および経済の合理性を同時に達成することを求めてきました。またその最終目標としては、化学製品の設計から原料の選択、製造過程、使用形態、リサイクル、廃棄までの製品の全サイクルにおいて、より良い健康、安全、環境とともに、品質、性能、および雇用創出へも配慮した循環型経済をめざして取り組みを続けてまいりました。

 昨今、長期的・全地球規模での問題、すなわち食糧と水供給の確保、エネルギー創出と消費、資源効率、新興市場、および技術の進歩とその責任ある工業的実施などの課題が大きくかつ複雑な社会的懸念として注視されるようになり、またこれらの解決には、時間的に余裕のない状況の中で革新的な解決と本問題を真剣に注視することが必要とされています。それゆえに、これらの課題解決を図り、より健康で豊かな社会の持続可能な発展をもたらす牽引役として化学に関わる科学と技術を基盤とするイノベーションへの期待は益々大きくなっています。 これらの地球規模の課題解決に向けては「グリーン・サステイナブル ケミストリーの新たな発展へ」の討議全体を通じたグリーン・サステイナブル ケミストリーへの理解を、他分野との連携にまで広げることによって、今後十分に取り組んでいく必要があります。 そのためにも、我々世界の化学に携わる者はグローバルな連携と協調によって、また学問分野や、学、産、消費者、官、および国を隔ててきた従来の壁を乗り越えて、グリーン・サステイナブル ケミストリーを強力に推進していきます。

JACIテキスト :GSC入門~GSC賞を受賞した社会的実践事例から学ぶ2018 年 3月発行

企画・編集 公益社団法人新化学技術推進協会 GSCN普及・啓発グループ教材ワーキンググループ発行 公益社団法人 新化学技術推進協会   〒102-0075 東京都千代田区三番町 2 三番町 KSビル 2階   電話: 03-6272-6880 FAX: 03-5211-5920    URL: http://www.jaci.or.jp/技術内容協力 三菱ケミカル株式会社 制作 有限会社サイテック・コミュニケーションズ   〒101-0052 東京都千代田区神田小川町 3-14-3 イルサ 202

注:採択された東京宣言は英文であり、この和訳は参考資料となります。

2015年に 12年ぶりに東京で開催された第 7回Green and Sustainable Chemistry 国際会議では、世界で連携してGSCに取り組むことを表明した「東京宣言 2015」が採択されました。(JACIホームページ参照:http://www.jaci.or.jp /images/The_statemant_2015_final_20151118.pdf)


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