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0 与がん疾患の予後予測の指標作成に覆する研究 gqN 0u00B0DS;vBum;STT DT h S汪:vBb W( 00000000 sS OPe祐 W( S;vBR bR 牽V 0 2009 t gW( S;vBR b xzv
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0

非がん疾患の予後予測の指標作成に関する研究

東京ふれあい医療生活協同組合 梶原診療所

在宅サポートセンター 平原 佐斗司

(財)在宅医療助成勇美記念財団・2009年度後期在宅医療助成研究

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1

目 次 1 研究の背景と目的 P2 2 研究の方法 P3 3 我が国の在宅非がん疾患の課題 P4

「非がん疾患の在宅ホスピスケアの方法の確立のための研究 2006年度

在宅医療助成・勇美記念財団助成研究」のまとめ

4 疾患別の終末期の経過と予後、予後予測、意思決定について P7 A 脳卒中後遺症 P8 B 認知症 P22 C 神経難病 ALS P37 D 呼吸器疾患 COPD P54 E 心不全 P68 F 腎不全 P72 G 肝不全 P88 5 おわりに P95

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2

1 研究の背景と目的

1990 年代に、米国の SUPPORT 研究、英国の RSCD などの大規模な研究によって、

多くの非がん疾患患者が終末期に苦痛の中に置かれていることがうきぼりにされ、欧米

において非がん疾患の緩和ケアが問題になった。21 世紀になり、欧米では非がん疾患

の緩和ケアは実践の時代にはいった。米国のホスピスプログラムでは、ホスピス利用者

のうち非がん疾患の割合が増加し、2004 年のホスピス患者統計では非がん疾患患者数

が、がん患者数を超えて、はじめて過半数(53.6%)を占めた。英国では、英国ホスピ

ス・専門的緩和ケアサービス協議会とスコットランド緩和・がんケア協力機構が 1998年に刊行した報告書「Reaching out: Specialist Palliative Care for Adults with Non-Malignant Diseases」において、緩和ケアをがん以外の疾患に広めていくべきで

あると勧告がされた。2001 年に英国の国家政策の一部として採用され、プライマリヘ

ルスケアチームが用いる緩和ケアのシステムとして全英に広がっている Gold Standards Framework(GSF)の中でも、非がん疾患も含めたあらゆる終末期ケアの

質の向上が強調されている。WHO ヨーロッパは 2004 年に「Better Palliative Care for Older People」というブックレットを出し、各国がこの課題に取り組む必要性を訴えて

いる。 我が国においては、在宅で最期を迎えたいと希望する人が、最期まで自宅あるいは地

域で生きていくことを支援することの重要性が指摘され、政策的にも在宅看取りの推進

が叫ばれている。しかし、そのほとんどはがんをモデルに議論され、死亡者の多くを占

める非がん疾患の看取りについては、その実態さえも明らかになっておらず、我が国独

自の医学的エビデンスも少ない。その結果、多くの高齢者が緩和ケアの恩恵をうけるこ

とができず、苦痛の中で最期の時間を過ごしているのが実態である。今後、政策的に在

宅での看取りを推進していくためには、非がん疾患のホスピス・緩和ケアについての医

学的研究を推進していく必要がある。 私は、以前に勇美記念財団から在宅医療助成を受け、「非がん疾患の在宅ホスピスケ

アの方法の確立のための研究」を行った。本研究は、非がん疾患の緩和ケアと看取りに

関しての我が国で初めて多施設共同研究であり、パイロットスタディとしての役割を果

たした。この研究によって、我が国の非がん疾患の基礎疾患や年齢、療養期間などの実

態が明らかになった。予後予測については、在宅医は在宅死亡者の2/3で半年以内に

死にいたることを予測し、半数でそれを患者あるいは家族に告げていた。しかし、主治

医が、予後予測を行ったのは死亡前数日~2 週間がほとんどで、非がん疾患の予後予測

は死亡間近になりようやく可能であった。また、症状緩和については、痛みが最も問題

となるがんとは異なり、非がん疾患では、呼吸困難を中心として、多彩な症状緩和が必

要であった。治療では酸素や輸液の必要性が高いこと、オピオイドの使用方法の確立な

どが課題であることなどが明らかになった。これらの成果は、「明日の在宅医療(中央

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3

法規)」、「在宅医学(メディカルレビュー)」、「在宅医療テキスト(勇美記念財団)」な

どのテキストや各種医学雑誌に報告し、在宅医学会、在宅医療学会、緩和ケア学会、プ

ライマリケア学会、老年医学会の各学会で報告され、在宅医療推進フォーラムなどでも

報告してきた。 私は、本研究を通じて、我が国の文化、医療・介護制度、社会システムに合致した独

自の非がん疾患の予後予測指標について検討する。現在、世界的に非がん疾患の予後予

測の方法は確立しておらず、非がん疾患の予後予測は非常に困難な課題であると言われ

ている。しかし、我が国において高齢者の緩和ケアと看取りを推進していく上で、在宅

医療を実践する医師、看護師が患者と家族の意思決定を支援する時に役立つ、予後予測

指標の作成は欠かせない。医療者が予後を適切に予測し、それを患者や家族に伝えるこ

とができれば、患者と家族の意思決定が容易となり、望む場所で最期まで過ごすことが

可能になると考えられる。 2 研究の方法 1) 研究内容 (1) 各疾患別の非がん疾患の予後予測の文献レビュー 非がん疾患の各疾患の予後予測についての文献のレビューを行った。

国内外で用いられている予後予測指標について検証し、その医学的、文化的背景等に

ついて検討した。 (2) 非がん疾患の在宅死例のレビュー

2006 年に実施した「非がん疾患の在宅ホスピスケアの方法の確立のための研究(以

下「非がん疾患研究」)のデータベースから、非がん疾患で在宅看取りを行った主要疾

患(脳卒中など)の死因、在宅療養期間などの分析を行った。 (3)指標作成について枠組みについての検討

在宅看取りにかかわる在宅医から、研究の枠組みや在宅での予後予測についての意見

を聴取した。 (4)専門家のコンセンサスについての調査 ~各専門医のインタビュー~ 各疾患の終末期ケアに携わる各領域(脳血管障害、ALS などの神経難病、呼吸不全、

心不全、腎不全、肝不全)の専門医であり、かつ在宅医療を経験しているか、在宅医療

を十分理解している立場の医師に、各疾患の自然経過(特に終末期の自然経過、軌道に

関して)、各疾患の治療、延命治療の現状、各疾患の意思決定支援の方法とタイミング

などについて、各領域のコンセンサスに関するインタビューを行った。 (5)非がん疾患の緩和ケアが普及している米国にて、緩和ケアの専門教育を経験した

医師に、米国のホスピスの予後予測指標の活用状況等についてインタビューを行った。 以上の1)~5)の結果をもとに、各疾患別、状態別に意思決定を支援するための在

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4

宅での予後の検討方法についてまとめた。

2) 実施日 (1) 各疾患別の非がん疾患の予後予測の文献レビュー 2010 年 2 月から 2011 年 2 月まで PUBMED、DYNAMED、OXFORD PALLIATIVEMEDICINE 4th EDITION 等 (2) 非がん疾患の在宅死例のレビュー 随時 (3)指標作成について枠組みについての検討

2010 年 5 月 10 日、2011 年 1 月 7 日 (4)各専門医のインタビューによるコンセンサススタディー

① インタビュー日程 2010 年 6 月 4 日 難波玲子先生 神経難病(於 岡山) 2010 年 9 月 7 日 西川満則先生 呼吸器疾患(於 愛知) 2010 年 10 月 1 日 吉崎秀夫先生 肝不全(於 北海道) 2010 年 1 月 15 日 桑原直行先生 脳卒中(於 東京)

2010 年 1 月 17 日 山中崇先生 心不全(於 東京) 2010 年 1 月 31 日 山下元幸先生 腎不全(於 東京)

② インタビュー内容 各疾患の自然経過、特に終末期の自然経過、軌道に関して 各疾患の治療、延命治療の現状

各疾患の意思決定支援の方法とタイミング (5)非がん疾患の緩和ケアが普及している米国にて緩和ケアを経験した医師に、実際

の予後予測指標の状況についてインタビューを行った。 ① インタビュー日程

2 月 7 日 関根先生 (東京) ② インタビュー内容

米国のホスピスの導入基準の実際の運用について (6)以上の1)~5)の結果をもとに、各疾患別、状態別に意思決定を支援するため

の在宅での予後の検討方法についてまとめた。 3 我が国の在宅非がん疾患の課題

非がん疾患の緩和ケアの最大の課題は、予後が予測できないことである。世界中でさ

まざまな研究がなされているに関わらず、非がん疾患の予後予測を正確に行う方法は開

発されていない。

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5

非がんの家族のほとんどは、患者が死亡することを予測していなかったと述べており、

患者本人も死を予測していないことがわかっている(RSCD)。自らの命について、今

後おこりうることが予測できなければ、自己決定は難しいであろう。一方で「事前ケア

計画のある群は、患者の終末期の希望が認識され、尊重される傾向あり。死亡した患者

の遺族のストレスや不安、うつも対照群に比べ少ない」ことも明らかになっている。 つまり、できるだけ患者と家族の自己決定を支援するためには、まず医療者が残され

た時間が短いことを理解し、そのことを患者と家族に伝えることから始めなければなら

ない。このためには、専門家が非がん疾患の患者の予後を判断することを助ける具体的

な指標が必要である。このような指標の存在は、医療者への教育にも役立つ。予後の予

測の方法を確立することは、非がん疾患の緩和ケアの普及、教育という点でも重要であ

ろう。 そこで、今回、我々は、我が国の非がん疾患の終末期の緩和ケアの対象となる疾患別

に、疾患の軌道と予後予測指標を整理し、在宅での意思決定の在り方を検討した。

非がん疾患在宅死亡例の基礎疾患

N=242例

慢性心不全

リウマチ膠原病

慢性腎不全

肝不全

23%

19%

12%11%

10%6%

5%3% 2% 2%2% 脳血管

障 害認知症

神経難病呼吸器疾患 老衰

整形疾患

血液疾患

血管疾患

基礎疾患不明その他

COPD 14肺結核後遺症 4特発性間質性肺炎 3膿胸 1びまん性汎細気管支炎 1非結核性抗酸菌症 1原発性肺高血圧症 1基礎疾患不明 1

ALS 15パーキンソン病 7進行性核上麻痺 1脊髄小脳変性症 4大脳皮質基底核変性症 1多系統萎縮症 1

アルツハイマー病 27アルコール性 1脳血管性認知症 1症候名(認知症) 18

我が国の非がん疾患の在宅緩和ケアの対象となる疾患は脳血管障害(23%)、認知症(19%)、

神経難病(12%)、老衰(11%)、呼吸器疾患(10%)、心不全(6%)、腎不全(5%)が想定され、

米国(心疾患12.2%、認知症8.9%、老衰6.7%、肺疾患7.1%、腎疾患3.1% (がんを含む2004年

統計))に比べ、脳血管障害や神経難病が多く、心不全が少ないことが特徴であった。

*気管切開 8例人工呼吸例7例

*

「非がん疾患研究」で、我が国の在宅非がん疾患の基礎疾患としては、脳血管障害、

認知症、神経難病、老衰、呼吸器疾患、慢性心不全、慢性腎不全が多いことがわかって

いる。神経難病では ALS が、呼吸器疾患では COPD が主であった。従って、今回の研

究の対象疾患としては、脳血管障害、認知症、ALS、COPD、慢性心不全、慢性腎不全、

肝不全を取り上げた。 また、「非がん疾患研究」では、非がん疾患の予後の予測に関して次の事がわかって

いる。

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6

全症例 N=242

34%

66%

0%

いいえはい

不明

近い将来(半年以内)死が訪れると予測していたか?

11 1

8 6

1 5

17 9

36 19

18 10

32 15

24 5

0% 20% 40% 60% 80% 100%

腎不全

心不全

整形疾患

呼吸器疾患

脳血管障害

神経難病

認知症

老衰

主要疾患群別

はい いいえ

在宅で死亡した症例のうち主治医はほぼ三分の二の症例で近い将来死が訪れると予測して診療を行っていた。疾患別には腎不全や老衰が予測しやすい疾患群であった。

1 1 2

11

1

12

22

2 2

16

20

11

5

2 2 1 2 1

4 4

0

5

10

15

20

25

数時間 1~2日 数日 2~3週間 数週間 2~3ヶ月 数ヶ月

かなり短いやや短い推定どおりやや長いかなり長い不明

推定した予後と評価

(2) (14) (36) (40) (9) (4) (8)

N=113

主治医は、数日~2、3週間の予後予測を行う場合が多かった。

予測した予後はおおむね正しいが、やや短い場合が多かった。

月単位の予後予測を行ったのは12例(10.6%)にすぎなかった。 主治医は約 2/3 のケースで死が近いことを認識し、約半分のケースで患者や家族にそ

のことを告知していた。予測された予後は数日から 2,3 週間が 2/3 を占め、非がん疾

患では死亡直前でなければ、予後の予測が困難でがあることが明らかになった。

予後を本人あるいは家族に告知したか?

全症例 N=242

52%47%

1%

いいえはい

不明

7 5

7 71 5

10 1623 31 1

15 1322 24 1

19 9 1

0% 20% 40% 60% 80% 100%

腎不全

心不全整形疾患

呼吸器疾患脳血管障害神経難病

認知症

老衰

主要疾患群

はいいいえ 不明

予後を告知したのは在宅死例のうち半数であった。老衰、腎不全では予後告知を行っている例が多かったが、呼吸器疾患、脳血管障害では予後告知している例は少なか

った。

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7

4 疾患別の終末期の経過と予後、予後予測、意思決定について

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A 脳卒中

1 脳卒中の自然経過と軌道モデル

1)脳卒中の自然経過

脳卒中後の自然史に関するデータはあまりないが、脳卒中は動脈硬化性の疾患であり、

最初の発作の後、機能が一度回復し、慢性期・維持期にはいる。その後、加齢等で徐々

に機能が低下するか、長期の経過の中で、脳卒中の再発や虚血性心疾患の発症、あるい

は誤嚥性肺炎の発症など何らかのイベントによって急性増悪を繰り返し、死に至るもの

と考えられる。

「非がん疾患研究」においては、在宅で死亡した脳卒中後遺症の患者では、在宅に移

行して、一年以内に死亡する群と数年の安定期をへて再度急性増悪する群の 2層に分か

れる傾向があり、前者は初回発作の影響を受けた合併症によって、後者は新たな合併症

の出現の影響が考えられた。

2)脳卒中の生命予後

(1)脳卒中の予後に関するエビデンス

慢性期の生命予後の予測についての我が国のエビデンスはほとんどない。

脳卒中は米国では障害の主たる要因で、20~30%の脳卒中患者は 30 日以内に死亡し

ている。40%は中等度の障害を残し、15~30%は重度の障害を残すと言われており、生

存者の 13%が施設ケアとなる。脳卒中の長期予後は不良で、最初の発作から 10年生存

する人は 21%しかいない。

251例の最初の脳卒中(うち脳梗塞 69%、脳出血 13%、クモ膜下出血4%)から 244

例をフォローした前向きコホート研究によると、最初の脳卒中発作から 10 年で 197 名

(79%)が死亡したが、30 日以内に 56 名(22.3%)が、その後に 141 名(56.2%)が死亡、

1 年たった後の年間の平均死亡は 4.8%であった。脳卒中発作から 10 年生存する人は

21%のみであった。主な死因は最初の脳卒中による死亡が 27%、心血管疾患による死

亡が 27%であった。

(Neurology2002 Jul 23;59(2)205)

脳梗塞では心血管疾患や血管系以外の疾患が死亡原因となっている。

また、最初の発作の影響で短期間のうちに死亡する人の多くは 30 日以内に死亡して

いるが、1年以内に死亡するケースもある。

5年以上の長期生存例では他の疾患による死亡が増加する傾向がある。在宅医療では、

発作後安定期に入った患者が対象となることが多いが、最初の発作後 1 年から 10 年の

間の死亡原因では、心血管系疾患が 4割弱、他の原因が 4割弱、脳梗塞の再発が 2割強

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9

であった。

(Stroke 2003 Aug;34(8):1842)

脳卒中発作後 5年間 370名(平均年齢 73歳)をフォローした研究では、277例(77%)

が発作後 30 日時点で生きていたが、1 カ月生存例 277 例のうち 125 例(45%)は 5 年で

死亡していた。14.4%は新たに施設に入所しており、36%に新たな障害が出現していた。

(Stroke 2002 Apr;33(4):1034 )

55,814 例の冠動脈疾患、末梢動脈疾患、脳血管性疾患で、心血管死、心筋梗塞、脳

梗塞を一年間フォローしたところ、一年間で心血管イベントによる死亡を 4.52~6.47%、

入院と死亡を 14.53~21.14%認めた。

Cardiovascular

death

Cardiovascular Death &

hospitalization

Coronary artery disease 4.52% 15.2%

Peripheral arterial

disease

5.35% 21.14%

Cerebrovascular disease 6.47% 14.53%

これらの論文から、脳卒中では、発作後 30日以内に 2割強の患者が死亡するこ

と、初回発作後 1年以内であれば、初回発作の影響による死亡がおこりうること、

維持期にも一定の割合で心血管系の異常を発症することがわかる。

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10

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11

(2) 脳卒中後遺症の在宅患者の死因 (「非がん疾患研究」より)

「非がん疾患研究」においては、関東近郊の 7施設で、在宅で死亡した 242例中につい

てレトロスペクティブに調査した。そのうち基礎疾患として脳卒中後遺症として、在宅

導入された 55 例の死亡原因を分析すると、肺炎が最も多く 36%、窒息 5%と脱水 2%

を合わせて嚥下機能と関係する死因は 43%であった。心筋梗塞や心不全、脳卒中再発

はそれぞれ9%であったが、脳卒中再発による死亡は発症後 30 日以内および 2 年後以

降のどちらにもみられた、心疾患での死亡は在宅療養開始後 2年~6年経過した時期で

あった。

心筋梗塞・心不全、脳卒中再発、腎不全、重症下肢虚血による骨髄炎など動脈硬化性

疾患を合わせて 22%であった。自殺と消化管出血がそれぞれ2%あった。老衰死が 22%、

不明・無記入が 9%あったが、老衰死については、純粋に医学的診断名ではなく、在宅

での検査・診断機能については研究に加わった7施設で違いがあり、むしろ 3割前後が

一般診察では病名が不明な死と解釈した方がよいと思われる。

死亡時期については、1年以内の死亡と3年~6年の経過をたどる 2峰性を示した。

先ほどの米国の研究では 30 日以内の死亡の多くが初回発作の影響とされていたが、

本研究では、在宅導入直後の脳卒中患者の死因は、肺炎と脳卒中再発が多いことがわ

かる。

脳卒中後遺症の在宅死例の死因分析

「非がん疾患の在宅ホスピスケアの方法の確立のための研究

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12

2006年度 在宅医療助成・勇美記念財団助成研究」

在宅療養期間と死亡原因

「非がん疾患の在宅ホスピスケアの方法の確立のための研究

2006年度 在宅医療助成・勇美記念財団助成研究」

(3)脳卒中の種類と予後との関係

脳梗塞の種類によって、予後に大きな違いがあるのはよく知られている。

454 例の脳梗塞患者を最初の発作から 5 年間フォロー(平均 3.2 年)した研究では、

1年後の機能がほぼ保たれている可能性は、動脈硬化性脳卒中では 53%、心原性の塞栓

症では 27%、ラクナ梗塞では 82%、原因不明のものでは 50%であった(下表)。脳血

栓と脳塞栓を比較すると、心源性の脳塞栓では側福血行路ができていないこともあり、

一般的に梗塞範囲が広く、機能的予後が悪く、死亡率も高い。

30日の死

亡率

5 年での死

亡率

30 日の脳卒

中再発

5 年での脳

卒中再発

1 年後の

機能保持

動脈硬化性脳卒中 8% 32% 18.5% 40% 53%

心原性の塞栓症 30% 80% 5% 32% 27%

ラクナ梗塞 1.4% 35% 1.4% 25% 82%

原因不明 14% 49% 3.3% 33% 50%

Stroke 2000 May;31(5):1062

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13

一方、クモ膜下出血を含む脳出血では、最初の発作の影響で死亡する人の割合が高い

が、最初の脳出血から生還した人の長期予後は比較的良好であることが示されている。

Neurology2002 Jul 23;59(2)205

3) 脳卒中の軌道モデル

上記のエビデンスをもとに作成した脳卒中の軌道モデルを示した。脳卒中は、非がん

疾患の中で、最も複雑な軌道をたどる。初回発作による死亡は主に 1カ月以内、長けれ

ば一年間その影響が残るが、その時期を乗り越えるとしばらく安定期に移行する。何年

かのちに、主として心血管合併症の合併等により、再び機能が低下する。

脳血管障害モデル

脳卒中

20%強(初回発作or肺炎)

15~30%

40%

10年

20%(10年以上の長期生存)

発症

心血管系疾患

機能

時間

脳卒中後遺症患者の予後を既定するのは、脳卒中の基礎疾患、初回発作回復後の ADL

(3,6カ月後の Rankin score)、Charlson Comorbidity Index(CCI)等で表わされ

る併存症などである。

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14

脳血管障害モデル

脳出血

ラクナ梗塞

脳卒中

脳塞栓

10年発症 5年

上の図は脳卒中の種類別に軌道モデルを描いたものである。

脳塞栓は、前述したように再発率が高く、初回発作の影響である 30 日以内の死亡率

が 30%と高く、5年で1/3が再発し、5年で 80%が死亡し、長期生存例は少ない。

日本人に多いラクナ梗塞は、初回発作の死亡は 1.4%と少ないが、再発を繰り返し、

発作の度に徐々に機能が低下する。5年で 1/4が再発し、約 1/3が死亡する。

一方、脳出血は初回発作の急性期に死亡率が高いが、初回発作生存例は長期に生存す

る傾向がある。

2 脳卒中の予後予測の指標

1)急性期の予後予測の基準

前述したように、脳卒中の初回の発作の死亡率は 20%以上あり、初回の発作に関連

した死亡は、発作後 1年まで認められる。

急性期あるいは回復期の状態から予後を予測することが試みられている。

急性期の予後予測の方法については、NIH の stroke scale 予後予測(NIHSS)が知ら

れている。NIHSSは,急性期の意識、麻痺、感覚障害、高次機能障害等をみたものであ

るが、慢性期の機能予後,hospital disposition,梗塞サイズ,血管造影所見と相関す

ることがわかっている。

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15

(NIHSS;http://melt.umin.ac.jp/nihss/nihssj-set.pdf)

下表は発症時の NIHSSが高いほど、ナーシングホーム(NH)入所のリスクが高まって

いることを示している。

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16

Initial NIHSS and Posthospital Disposition

Initial NIHSS Home Rehabilitation Nursing Facility Total

5 3 (81) 10 (19) 0 (0) 53

6–13 10 (34) 14 (48) 5 (17) 29

>13 2 (17) 4 (33) 6 (50) 12

Number (and percentage) of patients disc arged to home, rehabilitation,

or a nursing facility based on the initial NIHSS.

Stroke. 2003;34:134.

Utility of the NIH Stroke Scale as a Predictor of Hospital Disposition

また、310例の発症後 3日以内の脳梗塞(tPA例を除く)の NIHSSと 3ヶ月後の modified

Rankin Scaleを比較した研究では、最初の NIHSSによって、Anterior circulation で

も Posterior circulationでも 3ヶ月後の機能を予測できる。

Neurology 2008;70:2371-2377

一般的に急性期(最初の入院時)に肺炎を発症した人はその後も肺炎の発症のリスク

が高いと言われている。脳卒中急性期に簡易嚥下誘発試験(S-SPT)で嚥下反射の低下が

認められたケースでは、その後肺炎を発症しやすいことが報告されている。脳梗塞によ

る仮性球麻痺の程度と肺炎の発症は重要な予後予測因子である。

Teramoto S. et al: Lancet. 353(9160):1243, 1999

2)慢性期の機能と予後との関係

一般的に慢性期の状態から、個別の患者の予後を的確に予測することは難しい。しか

し、発症後 6カ月後の機能が、その後の予後と関連するというという報告があり、脳卒

中後遺症の障害の重いものほど、予後が悪い。

BMJ 2008 Feb 16;336(7640):376

3つのコホートスタディで、計 7710名の脳梗塞患者の 6カ月後の機能を評価し、

19年のフォローアップを行った。

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17

Rankin score N Median survival

Independent in daily living 2525 9.7y

dependent in daily living 3436 6y

Rankin score0 全く症状なし 311 >15y

Rankin score1 何らかの症状はあるが障害はない;通常

の仕事や活動はすべて行える

540 11.7y

Rankin score2 軽微な障害;これまでの活動の全てはで

きないが身の回りのことは援助なしでで

きる

576 8.4y

Rankin score3 中等度の障害;何らかの援助を要するが

援助なしで歩行できる

433 6y

Rankin score4 中等度から重度の障害;援助なしでは歩

行できず、身の回りのこともできない

189 3.7y

Rankin score5 重度の障害;寝たきり,失禁,全面的な介

136 2.5y

「非がん疾患研究」においては、おそらく Rankin score 4~5の患者が中心と考え

られるが、在宅の脳卒中後遺症患者の平均在宅日数は 745.8±784.5 日(Mean±SD)

であったので、ほぼ同様の結果である。

死亡あるいは、新たな入院の危険因子は、年齢、自立度、喫煙、間欠性跛行、重い半

身麻痺、尿失禁、フォローアップ中の脳卒中の再発などであった。

脳卒中の再発の予測としては、Essen Stroke Risk Score(ESRS)が報告されている。

ESRS は、脳卒中発作あるいは TIA 後 1 年のフォローアップをした 15605 例の研究に基

づいて、1年間の脳梗塞の再発リスクを予測するものである。

スコアは、65歳~75歳 1点、75歳以上 2点、動脈性高血圧症 1点、糖尿病 1点、

心筋梗塞の既往 1点、他の心血管系疾患 1点、末梢動脈疾患 1点、喫煙者 1点、TIA

あるいは脳梗塞の既往(今回の脳卒中以外)1 点の最大 9 点で、一年間で、0 点と 6 点

以上を比較すると脳卒中再発が 1.82%:6.84%、心血管系イベント(死亡、死に至ら

ない脳卒中や心筋梗塞)は 2.41:11.48%であった。

Stroke 2009 Feb;40(2):350

ドイツの 85 の病院から退院後 17.5 か月フォローし、ESRS と Ankle Brachial Index

(ABI)、脳卒中の再発と心血管イベントの関連をみた研究では、ESRS が 3 以上では

9.7%(3未満では 5.1%)に脳卒中や心血管死が発生しており、ABIが 0.9以下の 10.4%

(ABIが 0.9より大きい患者では 5.5%)に脳卒中や心血管死が発生していた。

J Neurol Neurosurg Psychiatry 2008 Dec;79(12):133

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18

3)合併症と脳卒中の予後の評価

Charlson Comorbidity Index(CCI)を用いて、脳卒中患者の合併症をスコア化し、

予後を推定する研究がある。960 例の脳梗塞を登録したところ、CCI0点が 23%、1点

が 34%、2点が 22%、3点が 12%、4点以上が 8%であった。CCIが0点あるいは1点

を低 CCI、2点以上を高 CCIとすると、低 CCIの 48%、高 CCIの 37%が良い状態で退院

した。退院時の状態と 1年後の生存率は、CCIが高いほど不良であった。初期発作の重

症度で補正すると、高 CCIは退院時 36%、1年後 72%のオッズ比の増加を示していた。

Stroke 2004;35;1941-1945 Jul 1,2004

Charlson Comorbidity Index

疾患

心筋梗塞(明らかな梗塞病変例/心電図の診の判断では不可) 1

うっ血性心不全(労作時呼吸困難、夜間呼吸苦、薬物療法に反応した例) 1

末梢血管障害(壊疽、間欠性跛行、バイパス術後、未治療の胸部・腹部大動脈瘤(6

cm以上)も含む)

脳血管障害(後遺症のない orほぼない脳血管アクシデント既往例、TIA例) 1

認知症 1

慢性肺疾患(軽労作で呼吸困難を生じるもの) 1

膠原病(SLE、皮膚筋炎、多発筋炎、MCTD、PMR,中等度以上の RA) 1

消化性潰瘍(出血を含む消化性潰瘍の治療例) 1

軽度の肝硬変または慢性肝炎(門脈圧亢進症を伴わないもの) 1

三大合併症を伴わない糖尿病(食事療法のみは除く) 1

片麻痺(対麻痺も含む。脳血管障害に直接起因していなくとも可) 2

中等度もしくは重度の腎障害 重度)透析中 or 腎移植後、尿独症。中等度)血清

クレアチニン3mg/dl以上

三大合併症(網膜症、神経障害、腎症)のいずれかを伴った糖尿病、あるいは DKA、

糖尿病性昏睡で入院したことのある糖尿病

固形癌(過去5年間に明らかな転移のない例) 2

白血病(急性または慢性)AML、CML,ALL、CLL、真性赤血球増加症を指す 2

リンパ腫、ホジキン、リンパ肉腫、マクログロブリン血症、骨髄腫、その他のリンパ腫を指す 2

中等度(門脈圧亢進症はあるがん出血はない)あるいは重度(門脈圧亢進症と静脈

瘤破裂の既往を有する)肝硬変

転移性固形癌 6

AIDS(HIV陽性のみは除く) 6

CCIは様々な疾患の予後予測に用いられている。脳卒中のように、疾患そのものが進

行性ではなく、維持期、安定期のある患者の場合、全身状態や合併症の有無が死亡リス

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19

クと密接に関係するが、このような場合、CCIの使用が適している。

最近では、年齢を考慮した Modicied CCIが用いられることも多い。

Modified Charlson Comorbidity Index

項目 点数

心血管疾患、うっ血性心不全、末梢血管障害、脳血管障害、認知症、慢

性肺疾患、結合織疾患(自己免疫性疾患)、消化性潰瘍、慢性肝臓疾患、

糖尿病

各1点ずつ

40歳を超えた年齢に対して 10歳ごとに 1点

片麻痺、中等度~重度の腎障害(透析中も含む)臓器障害を合併する糖

尿病(糖尿病性網膜症など)、癌(白血病やリンパ腫も含む)

各2点ずつ

中等度~重度な肝臓疾患 3点

転移性癌もしくは AIDS 6点

4)短期の予後予測

在宅患者等で用いることができる脳卒中後遺症患者の短期の予後予測については、確

立されたものはない。

(1) NHPCO(米国ホスピス緩和ケア協会)予後予測指標

6カ月の予後の判断が、ホスピスプログラム導入の基準となっている米国では、各疾

患毎にホスピスの導入のための基準を示している。全米緩和ケア協会の脳卒中の急性期

と慢性期の予後 6ケ月と考える指標は以下のとおりである。

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20

脳血管障害の臨床的予後決定因子 全米緩和ケア協会(全米緩和ケア協会;NHPCO)

Ⅰ 脳出血、脳梗塞急性期の予後不良因子

A. 3日間以上の昏睡の持続

B. 低酸素脳症で、発症後 3日間以上持続する痙攣、譫妄

C. 3日間の昏睡後以下の 5項目中 4項目を満たせば、2か月間に 97%が死亡

1) 脳幹反応異常

2) 呼びかけ反応なし

3) 痛み刺激に反応性逃避運動なし

4) 血清クレアチニン>1.5mg/d1

5) 年齢 70歳以上

D. 経口摂取不能で、経管栄養や輸液を要する場合

E. CT、MRI所見(巨大な病巣、脳幹部圧排所見、中心線偏移など)

画像所見単独ではホスピスの適応とはならない。

Ⅱ 慢性期の予後不良因子

(脳血管障害のガイドラインで、痴呆に関してはその項を参照)

A. 70歳以上 B. 基本的 ADL低下(Barthel Index<50点)

C. 脳血管性痴呆

D. 低栄養(経管栄養、静脈栄養をしているかのいかんにかかわらず)

1) 6か月間に 10%以上の体重減少

2) 血清アルブミンが 2.5g/d1未満(これ単独で判断してはならない)

E. 合併症

1) 誤嚥性肺炎 2) 上部尿路感染症(腎孟腎炎) 3) 菌血症

4) 褥瘡 5) 繰り返す発熱(抗生物質投与後)

5)脳卒中例の予後予測の実際

脳卒中後遺症で、訪問診療で診療をしている患者のうち、比較的障害の程度が軽度の

脳卒中後遺症の在宅患者が、急性増悪した場合には急性期の集中治療のため入院の判断

をする場合が多い。

在宅の脳卒中後遺症患者で在宅看取りになるケースは、完全四肢麻痺、遷延性意識障

害など最初からかなりレベルの悪い人や認知症の合併、あるいは超高齢者が多い。

長期に安定していたこのような患者で最期の時間が近づいていると判断することは、

再発した脳梗塞や心筋梗塞、繰り返す誤嚥性肺炎などそれぞれの病態を評価して判断す

ることが妥当と考えられる。

症状では、特に意識状態が悪化してきた場合の予後は短いと判断できる。意識レベル

が 3 ケタとなれば、1~2 週間、呼吸状態もわるくなれば予後数日の事が多い。また、

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繰り返す誤嚥性肺炎が、予防的ケアや治療に反応しない場合も予後不良の状態といえる。

3 脳卒中後遺症患者の延命治療の選択

1)脳卒中における延命治療

脳卒中急性期では、発作後 3時間以内であれば、tPAによる治療が可能であり、血栓

溶解の成否によって機能的予後が異なるため、発作直後は急性期治療の適否を検討する。

脳卒中では、経管栄養などの延命治療の選択は、基本的に初回の発作後(急性期)の

入院期間に決定されることが多い。

誤嚥性肺炎のリスクが高い場合は、病院主治医によって、内視鏡的胃瘻造設術(PEG)

を含めた経管栄養の適応が決定される。一方、ラクナ梗塞を繰り返し、徐々に嚥下機能

が低下する場合では、在宅医が胃瘻適応の判断を求められる場合もある。

在宅移行後の治療としては、むしろ再発を予防し、リハビリテーションを継続するこ

とで、機能を維持することに主眼が置かれる。

在宅移行後の延命治療の選択については、再発した脳梗塞や心筋梗塞、繰り返す誤嚥

性肺炎などに対して、それぞれの病態を評価して、治療に関する意思決定(どこまで治

療を行うかというコンセンサス)を行い、決定していくことが必要である。

4 意思決定の支援

脳卒中は、初回発作の入院時から、延命治療の在り方についてある程度説明をする。

とくに、重症の脳卒中の場合は、呼吸停止がありうるが機械をつけても長い延命は困難

であることを説明する。

救命されたが、障害を残す患者には、心身の機能を上げるために、回復期リハビリテ

ーションを行うこと、回復期リハビリテーションの後、どのような事まで期待できるか

を説明する。また、今後再発が起きた時の治療についても考えておくように促す。

慢性期は、再発予防、QOL、維持期リハビリについて説明する。

一度、安定期にはいっても、加齢によって徐々に ADL が低下してきたような場合は、

短期間のリハビリを行うと機能が回復することもある。

合併症が重度で、近い将来死が予測される場合は、ご家族に「最期かもしれない」こ

とと説明する。このような場面では、脳卒中の病状が重度の事が多く、本人の意思が確

認できない場合が多い。ご家族に対して、認知症の場合と同様に、コンセンサス・ベー

スド・アプローチがなされることが多い。

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22

B 認知症

1 認知症の自然経過と軌道モデル

1)認知症の自然経過

認知症とは、「発達期以降一度獲得した知能が、後天的に脳や身体疾患を原因として

慢性的に低下をきたした状態で、社会生活や家庭生活に影響を及ぼす」疾患群の総称で

あり、認知症の基礎疾患には多様な疾患が含まれ、その数は 70以上に及ぶ。

認知症の臨床経過は基礎疾患によって異なるが、認知症の基礎疾患のほとんどを占め

る 4大認知症、つまりアルツハイマ―病(AD)、脳血管性認知症(VD)、レビー小体型認

知症(DLV)、前頭側頭葉変性症(FTLD)は、いずれも数年から十年の経過で進行性に機

能が低下する疾患である。

4大認知症の中では、VD と他の変性疾患では、自然経過が異なっている。VD では通

常階段状に機能が低下するが、その他の変性疾患ではスロープを下るようにゆるやかに

機能が低下する。また、VD では抗血小板薬や抗凝固療法など進行を食い止める可能性

のある治療薬が投与されるが、他の 3つの変性疾患については、進行を食い止める可能

性のある薬剤は開発されていない。

英国の5つの地域で 14 年間(1991 年~2003 年)にわたって行われた前向き調査で、

認知症患者は診断後平均 4.5年で死亡していることが報告された。診断後の予後が数年

と短いのは、発症から診断まで一定期間(通常 2年以上)を要することに加え、認知症

患者のほとんど(AD 患者の 9 割)が何らかの合併症をもっており、長い経過の中で他

の合併症で死亡することが多いためと推定される。

Jing Xie et al BMJ 2008;336;258-262

米国の AD 521 例の追跡調査では、診断後の生存期間は男性 4.2 年、女性 5.7 年で、

ADの予後に影響を与える因子としては、年齢、性別に加えて、 精神機能(診断時の重

症度など)、身体機能(転倒の既往、歩行障害、身体機能レベルの重症化、錐体外路徴

候など)、合併症(心不全、虚血性心疾患、糖尿病など)が指摘されている。

Eric B.Larson et al Annals of Internal Medicine 6 Apr 2004 Vol140 (7):501-509

2)疾患別の予後について

認知症の基礎疾患別の予後については、VDの予後は、ADよりも不良である。ADでは

認知症が重症となるほど予後が不良であったのに対し、VD では認知症の重症度と予後

の相関はないと報告されている。

Mölsä PK,et a lActa Neurol Scand. 1986 Aug;74(2):103-7.

前頭側頭型認知症(FTD)や DLB の予後についてのエビデンスは乏しいが、FTD の診

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断後の平均生存期間は 4.2年、発症からの平均生存期間は 6年あるいは 7.6年と報告さ

れている。

B Garcin et al Neurology. 2009 November 17; 73(20): 1656–1661.

Hodges JR et al Neurology. 2003 Aug 12;61(3):349-54.

DLB では、認知機能の低下は AD と同等かより急速であり、発症からの生存期間は AD

よりやや短いと報告されている。

DOUG NEEF et al, Am Fam Physician. 2006 Apr 1;73(7):1223-1229.

これらの報告から、非アルツハイマ―型変性疾患や VD の予後は、AD と比較するとや

や短いと考えられる。

認知症の中でも、特異な経過をたどるのは、認知症の 2%を占めると言われている特

発性正常圧水頭症(iNPH)を代表とする treatable dementiaである。treatable dementia

は認知症の約 5%を占め、早期の診断と治療によって、その進行をくい止めることがで

きる。

また、頻度は非常に少ないが、クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)は、発症から急

速に機能が低下し、半年から一年で死に至るという特異な経過をたどる。

3) 認知症の死因

認知症の診断で病理解剖を実施した 524例(女性 55.3%平均年齢 80歳、1974~2004

年、ルンド大学)の報告では、認知症の死因は、全体では気管支肺炎:38.4%、虚血性

心疾患:23.1%、悪性新生物:3.8%であった。また、疾患別では、ADでは循環器疾患が

23.2%、呼吸器疾患が 55.5%、VDでは循環器疾患:54.8%、呼吸器疾患:33.1%であり、

スウェーデンの一般高齢者の死因(気管支肺炎:2.8%、虚血性心疾患は 22.0%、新生物

は 21.3%)と比べると、AD,VDとも呼吸器疾患(おそらく肺炎)での死亡が多く、VDで

は循環器疾患による死亡が多いことわかる。

Elisabet Englund スウェーデン、ルンド大学病院

米国 22 ヶ所の Nursing Home(NH)で、進行認知症 323 人(平均年齢 85 歳(男 47、

女 276)。平均在所期間は3年、認知症と診断されてからの期間の平均は 6年、AD234人

(72.4%)、VD55人(17.0%)、その他の認知症 41人(12.7%))を 18ヶ月間追跡した

研究では、18 ヶ月間に入居者の 54.8%が死亡し、平均生存期間 478 日であった。この

ことから、重度認知症患者は、進行がんや重症心不全を患う患者と同様、予後不良な状

態であることを認識する必要性を指摘している。

また、NH の重度認知症患者が、半年以内に死亡する確率は 24.7%であるが、肺炎、

発熱、摂食障害を起こした患者の半年以内の死亡率は、それぞれ 46.7%、44.5%、36.8%

と高かった。

Susan L.Mitchell et al; N ENGL J MED OCT 15 2009

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また、認知機能障害が重度の ADでは肺炎での死亡が多く、認知機能障害が軽度の AD

では心疾患や脳卒中での死亡が多いことがも指摘されている。

Kukull WA et al J Am Geriatr Soc. .1994 Jul;42(7):723-6.

4) 認知症の軌道モデル

(1)アルツハイマ―病の軌道

AD は認知症の基礎疾患の中で、病態や予後、ケアの方法、治療法などが最も研究・

解明されている疾患である。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

発症

M C I軽度認知障害

(数年)

末期重 度(3年)

軽度2~3年

中等度(4~5年)

失禁

身体症状

会話が成立しない単語数↓

肺炎

嚥下障害

歩行障害

身の回りのことがほとんどできない

アルツハイマー病の軌道

見当識障害

時間 ⇒ 場所 ⇒ 人

実行機能障害 失行

即時記憶低下長期記憶↓

仕事 家事 ADL社会活動 手段的ADL 生命維持

短期記憶低下

精神

症状

AD は、発症前におそらく数年の amnestic MCI(記憶障害中心の軽度認知障害)の時

期があり、その後軽度 AD に移行していく。軽度の時期は、数分前から数日前の近時記

憶の障害が主体であるが、記憶障害によって生活障害を認めるようになる。軽度の時期

は通常2~3年続く。

軽度から中等度に進行するにつれて、近時記憶だけでなく、即時記憶や遠隔記憶の障

害が加わり、記憶障害は進行する。また、見当識障害は、時間の見当識、場所の見当識、

人の見当識の順に障害されていく。

また、日常生活の機能が複雑な行為から順に失われていき、やがて生活全般にケアが

必要な状態となる。数年後には排泄や食事摂取など生命を維持するための最低限必要な

生活行為までもが障害され、常に近くにだれかがいないと生きていけなくなる。このよ

うな中等度の時期は平均4、5年続く。

ADが重度の時期となると、肺炎などの感染症や転倒・骨折など救急疾患が多発する。

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発症後約7年で失禁が出現し、その後しばらくすると歩行障害が出現、最期の半年~2

年は寝たきりで過ごすことが多い。純粋な AD の自然経過では、重度の時期の身体症状

は、排泄の障害→起立・歩行障害→嚥下障害の順で出現することが多い。嚥下反射が極

度に低下あるいは消失し、飲み込みができなくなると、治療に抵抗する誤嚥性肺炎を繰

り返し、最後は治らない(構造的な)肺炎と多臓器不全によって死にいたる。

嚥下反射が消失し、経口摂取ができなくなった時点で、何もしなければ1~2週間で

死亡する。末梢輸液や皮下輸液だけを行った場合は、栄養障害と繰り返す肺炎で2~3

ケ月以内に死亡する。胃瘻などの経管栄養を行っった場合の、一年生存率は 40~60%

であり、一年で半数が死にいたる。

(2)脳血管性認知症(VD)

脳卒中発症

約7年間

脳卒中再発認知症悪化

脳卒中再発認知症悪化

抗血小板薬などの再発予防寝たきり

歩行障害、嚥下障害、ADL障害

脳血管性認知症の軌道

機能

死亡

VDの診断基準(NINDS-AIREN版 1993)によると、VDの診断には認知症の出現(進行)

と脳血管障害の間に関連性がみられることが必要である。具体的には、脳血管障害後 3

ヶ月以内に認知症が発症(進行)すること、認知機能の急速な低下,または動揺性・階

段状の悪化が見られることである。

VD では、AD などの変性疾患と異なり、発作の度に階段状に認知機能が低下すること

が多い。急性期を過ぎるとわずかに回復傾向がみられることもあるが、基本的に再発を

繰り返すたびに進行性の経過をたどる。VD の自然経過の特徴は、麻痺や嚥下障害、パ

ーキンソンニズムなどの身体症状と並行して進行することである。VD では、抗血小板

薬などの予防薬の投与など再発・悪化予防への慢性期の管理が非常に重要である。

2 認知症の予後予測の指標

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26

1)FAST 分類 (Functional Assessment Staging)

FAST分類では、ADの重症度を7つのステージに分類し、最重度のステージ7(非常に

高度の低下)を、a~fの6つのサブステージに分類している。

FAST分類 FAST7 (非常に高度の低下)

a)最大限 6

語に限定さ

れた言語機

能の低下

語彙と言語能力の貧困化はアルツハイマー型認知症の特徴であるが、発語量の減少と話し言

葉のとぎれがしばしばみとめられる。さらに進行すると完全な文章を話す能力はし

だいに失われる。失禁がみられるようになると、話し言葉はいくつかの単語あるい

は短い文節に限られ、語彙は 2,3の単語のみに限られてしまう。

b)理解しう

る語彙はた

だ一つの単

語となる

最後に残される単語には個人差があり、ある患者では“はい”という言葉が肯定と

否定の両方の意味を示すときもあり、逆に“いいえ”という返事が両方のいみをも

つこともある。病気が進行するにしたがってこのようなただ一つの言葉も失ってし

まう。一見、言葉が完全に失われてしまったと思われてから数ヶ月後に突然最後に

残されていた単語を一時的に発後することがあるが、理解しうる話し言葉が失われ

たあとは、叫びや意味不明のぶつぶつ言う声のみとなる。

c)歩行能力

の喪失

歩行障害が出現する。ゆっくりとした小刻みな歩行となり階段の上り下りに介助を

要するようになる。歩行ができなくなる時期に個人差はあるが、しだいに歩行がゆ

っくりとなる。歩幅が小さくなっていく場合もあり、歩くときに前方あるいは後方

や側方に傾いたりする。寝たきりとなって数ヶ月すると拘縮が出現する。

d)着座能力

の喪失

寝たきり状態であってもはじめのうちは、介助なしでいすに座っていることは可能

である。しかし、しだいに介助なしで椅子にすわっていることもできなくなる。こ

の時期ではまだ笑ったり、噛んだり、握ることはできる。

e)笑う能力

の喪失

この時期では刺激にたいして眼球をゆっくりうごかすことは可能である。多くの患

者では把握反射は嚥下運動とともに保たれる。

f)混迷およ

び昏睡

アルツハイマー病の末期ともいえるこの時期は本疾患に付随する代謝機能の低下と関連す

る。

2)米国ホスピスの導入基準

米国のホスピスの導入基準における末期の定義では、FAST分類の7のcより進んだ状

態(7のc;歩行能力の喪失、7のd;着座能力の喪失、7のe;笑う能力の喪失、7の

f;混迷および昏睡の各段階)で、着衣不可、時おりの尿・便失禁、簡単な言葉を喪失

し、意味のある会話ができない状態、歩行(外来通院)ができないなどの医学的状態

のうちの一つがあれば、末期と診断されている。上記の判断基準を満たしても,歩行が

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改善した認知症患者は6か月以上生存することが証明されており、これらの基準となる

徴候のうち、歩行障害は特に重視されている。

以下に全米ホスピス緩和ケア協会(NHPCO)の認知症の臨床的予後決定因子を提示す

る。

認知症の臨床的予後決定因子 全米緩和ケア協会(NHPCO)

総合的機能評価

A 進行した認知症でも 2年間位は生存する。

生存期間は,合併症や高齢者総合的機能評価を用いたケアの有無によって異なる

B 以下のすべてを満足すること。

1)独歩不能 :これは特に重要で・以下の重症認知症の判断基準を満たしても,歩行

が改善した認知症患者は 6か月以上生存することが証明されている。

2) 着脱衣介助 3) 入浴介助 4) 尿/便失禁

5) 意思伝達不能 1日に一、二個以下しか意味のある単語を話せない。

老年症候群の合併

A 進行した認知症において,過去 1 年間に重度の老年症候群に対する治療を受けた

か放置されたかは、生命予後を大きく左右する。

B 認知症に合併する老年症侯群

1)誤嚥性肺炎 2)上部尿路感染症(腎孟腎炎) 3)菌血症 4)褥瘡 5)繰り返す発熱

C 嚥下困難や拒食があり、患者や関係者が経管栄養や静脈栄養を拒否すると,水分摂

取、カロリー摂取が断たれ,生命は短期問に断たれる。

1) 経管栄養の適応となる栄養条件

a. 6か月間に 10%以上の体重減少 b. 血清アルブミンが 2.5g/d1未満

3)MRI (Mortality Risk Index)

ナーシングホーム(NH)に入居している重度認知症の半年の予後について、Minimum

data set(MDS)の項目に用いられている 12のリスクファクターに基づいた Mortality

Risk Index(MRI)が開発された。MRI は、各リスクスコアを加算することで半年以

内の死亡率を予測できるスコアで、MRI の Total risk score が 0 では 8.9%、1~2

点では 10.8%、2~5 点では 23.2%、6~8 点では 40.4%、9~11 点では 57.0%、12

点以上では 70%が半年以内に死亡することが 4631名を対象にした検証試験で確認さ

れている。また、MRI は重度認知症の予後予測において FAST ステージによる予測よ

りも有用であると報告されている。

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28

Susan L. Mitchell et al. JAMA June.9,2004 vol.291,No22 P2734-2740

Mortality Risk Index(MRI)重度認知症 6 ヶ月以内の死亡率

MDSの項目 Risk score

ADL 完全依存(ベッド上移動, 着替え, トイレ, 移動, 食事, 身 1.9

男性 1.9

がん 1.7

うっ血性心不全 1.6

2 週間以内に酸素療法 1.6

息苦しさ 1.5

食事摂取 25%以内 1.5

症状の不安定さ 1.5

便失禁 1.5

寝たきり 1.5

84歳以上 1.4

1 日のなかで覚醒している時間がほとんどない 1.4

6ヶ月以内の死亡率:12 点 70.0%、9‐11 点 57.0%、6‐8 点 40.4%、3

-5点 23.2%、1‐2点 10.8%、0点 8.9点

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29

その後、MRI の効果を検証するために、オランダの 6 つの療養所とミズーリの 35 の

療養所での 2 つのコホート研究が実施され、MRI が 2 つの州の NH のデータから導きだ

されたスコアであること、主に新規入居者のデータに基づき、長期入居者にはあてはま

らない点などの問題点が指摘された。

Jenny T. van der Steen, et al. J of American Medical Directors Association

Score V8, Issue 7, P 464-468 2007

4)ADEPT (Advanced Dementia Prognostic Tool)

MRIの限界を修正した重度認知症患者の生存予測スコアを作成するために、2002年に

全米の NH に入居した重度認知症患者 222,405 人を対象に、大規模な後向きコホート研

究を行い、Advanced Dementia Prognostic Tool(ADEPT)が作成された。MDSから選定

された 12の変数(①NH入居期間、②年齢、③男性、④呼吸困難、⑤褥瘡、⑥完全な機

能的な依存、⑦寝たきり、⑧不十分な経口摂取、⑨便失禁、⑩BMI(body mass index)、

⑪体重減少、⑫うっ血性心不全)からなるリスクスコアから、ポイントを計算(1から

32.5ポイントまで設定)することで、適度な精度(AUROCは、0.68)で重度認知症の 6

ヵ月の生存を予測できた。ADEPTは、前向きの検証研究によって、ホスピス導入基準よ

り優れていたことが確認された。

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30

Final Multivariable Model of Characteristics Associated with Survival Among NH

Residents with Advanced Dementia (n=218,088)

Characteristics Adjusted Hazard

Ratio (95%

Confidence

Interval)

Regression

Coefficient

(Log Hazard

Ratio)

Points

in

Risk

Score

CharacteristicsAdjusted

Hazard Ratio

(95%

Confidence

Interval)

Regression

Coefficient

(Log Hazard

Ratio)

Points

in

Risk

Score

Recent NH

admission

1.72(1.69-1.75) 0.54207 3.3 Shortness of

breath

1.57

(1.53–1.61)

0.44903 2.7

Age 1.18

(1.17–1.18)

0.16431

65<70 — — 1.0

At least one

pressure ulcers

≥Stage 2

1.44

(1.41–1.46)

0.36216 2.2

70<75 — — 2.0 ADL score=28 1.42

(1.40–1.44)

0.34929 2.1

75<80 — — 3.0 Bedfast most of

day

1.41

(1.38–1.44)

0.34024 2.1

80<85 — — 4.0 Insufficient

oral intake

1.39

(1.37–1.41)

0.32837 2.0

85<90 — — 5.0 Bowel

incontinence

1.37

(1.34–1.40)

0.31275 1.9

90<95 — — 6.0 BMI <18.5kg/m 1.35

(1.32–1.37)

0.29841 1.8

95<100 — — 7.0 Weight loss 1.30

(1.27–1.33)

0.26149 1.6

≥100 — — 8.0 Congestive

heart failure

1.28

(1.26–1.30)

0.24739 1.5

Male 1.71

(1.68–1.74)

0.53623 3.3

例えば最近 NHに入所した 82歳の男性で、ねたきりで、十分な経口摂取ができず、便

失禁のある、体重減少があり、場合、3.3+4.0+3.3+2.1+2.0+1.9=16.6 点となる。

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31

Number (%) of Subjects with Each Possible Total Risk Score and the Six- and

12-Month Probabilities of Death with Each Total Score (n=218,088)

Observed

Probability of

Death Within

Observed

Probability of

Death Within

Total

Risk

Score

Subjects with

Each Score, n

(%)

Six Months 12 Months

Total

Risk

Score

Subjects with

Each Score, n

(%)

Six Months 12 Months

1 84 (0.04) 0.01 0.06 >14–15 111,691 (5.36) 0.40 0.57

>1–2 236 (0.11) 0.04 0.08 >16–17 6,721 (3.08) 0.52 0.67

>2–3 1,232 (0.56) 0.05 0.11 >17–18 4,955 (2.27) 0.57 0.71

>3–4 2,609 (1.20) 0.06 0.13 >18–19 3,585 (1.64) 0.64 0.76

>4–5 5,859 (2.69) 0.06 0.15 >19–20 2,547 (1.17) 0.67 0.79

>5–6 9,784 (4.49) 0.08 0.19 >20–21 1,777 (0.81) 0.73 0.84

>6–7 14,700 (6.74) 0.10 0.23 >21–22 1,154 (0.53) 0.77 0.87

>7–8 18,439 (8.45) 0.12 0.26 >22–23 648 (0.30) 0.83 0.90

>8–9 21,634 (9.92) 0.15 0.30 >23–24 385 (0.18) 0.83 0.91

>9–10 23,036 (10.56) 0.17 0.33 >24–25 188 (0.09) 0.88 0.94

>10–11 22,509 (10.32) 0.21 0.37 >25–26 99 (0.05) 0.88 0.96

>11–12 20,938 (9.60) 0.25 0.42 >26–27 58 (0.03) 0.83 0.90

>12–13 18,632 (8.54) 0.29 0.47 >27–28 21 (0.01) 0.95 1.00

>13–14 15,038 (6.90) 0.34 0.52 >28–32 17 (<0.01) 1.00 1.00

上の表から、この男性の半年で死亡する確率は 52%、1 年で死亡する確率は 67%と

予測できる。

5) 在宅での認知症の予後予測の実際

ADEPTは膨大なデータベースから導きだされ、検証されたスコアであるが、米国の

NHでのデータに基づいていること、本来予後を検討するために作成されていない MDS

の項目をベースにしている点で、日本の在宅医療の現場で、認知症の予後予測に用い

ることができるかどうかについては限界がある。

AD の自然史から考えて、嚥下反射の極度の低下・消失の確認が、死が確実に訪れ

ることを決定つける徴候である。つまり、重度 AD の予後決定因子は、嚥下反射の極

度の低下、あるいは消失であることは明らかであり、これは通常不可逆である。医師

が自宅に赴いて判断ができる日本の在宅医療の現場では、食べられない原因が嚥下反

射の問題であることを診断し、意思決定の支援を行った結果、延命治療を選択しない

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32

という判断がなされれば、終末期の判断と予後の予測は可能である。とりわけ、長期

にわたって疾患の自然経過をみてきた医師にとっては、AD 末期の予後予測はそれほ

ど困難な課題ではない。

米国のホスピスプログラムでは、制度の利用のために、月単位の予後予測が必要で

あることに加えて、末期認知症患者に胃瘻や輸液などの延命治療はほとんど行われな

いため、嚥下反射消失の出現より前の徴候(歩行障害を重視して)によって、末期の

診断をしなければならないという制度的背景がある。通常、重度 AD の身体症状は、

排泄の障害、歩行障害(ねたきり)、嚥下障害の順に出現することが多い。しかし、

これら重度の身体症状のうち、ねたきりになってから嚥下障害が出現するまでの期間

には、かなりの個人差があり、原疾患による歩行障害を認めても、看取り間近とは断

定できない。このことが、米国のホスピス導入基準の不正確性の要因となっている。

一方、我が国の在宅医療では、訪問診療や介護保険サービスなど同じチームによっ

て連続したケアが提供されており、また、嚥下反射消失時に輸液を行うケースが多い

ために、嚥下反射が極度に低下し、治療に抵抗する誤嚥性肺炎を繰り返す時期に末期

と診断しても、終末期の緩和ケアを提供する十分な時間がある。つまり、我が国で在

宅ホスピスケアを行う立場からは、ADの末期は、「嚥下反射が極度に低下し、飲み込

みができない状態となり、治療に抵抗する誤嚥性肺炎を繰り返す時期」と考えたほう

がよいと考えている。

このとき注意すべきことは、重度の認知症高齢者は、肺炎や尿路感染などの感染症、

薬の副作用、電解質異常、悪性腫瘍の合併、便秘、心理的反応、口腔内トラブルなど

様々な原因で食べられない状態に陥るということである。つまり、食べられないこと

イコール末期ではなく、嚥下反射が消失して食べられないことが末期である。その意

味で、末期の診断は、慎重かつ厳格であるべきで、なるべく客観的事実で確認すべき

である。筆者は嚥下反射の極度な低下あるいは消失を簡易嚥下誘発試験(Simple

Swallowing Provocation Test ; S-SPT)や頚部聴診法、場合によっては簡易嚥下造

影などで確認している。

Teramoto S. et al: Lancet. 353(9160):1243, 1999

S-SPTは口腔内清拭後、臥位にて施行する。細径のエキステンションチューブを中

央で切り 5ccシリンジと接続し、内部に水道水を充填する。チューブ先端を中咽頭に

挿入し、0.4cc、1cc、2ccの順に水を注入する。注入から嚥下反射誘発までの時間を

測定する。健常者では 0.4cc の少量の水の注入で嚥下反射が誘発される。一方、2cc

の水の注入で、潜時 3秒以上あるいは嚥下反射が見られない場合、嚥下反射の極度の

低下あるいは消失と考えられる。

S-SPTは、①往診カバンに常備しているシリンジとチューブのみで簡便に実施可能

であること、②患者負担が少なく、繰り返し施行可能であること、③意思疎通が困難

なケースや意識レベルの軽度低下例、ねたきりや四肢麻痺のある患者でも実施可能で、

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33

ほとんどの在宅患者に施行可能であること、④代表的なベッドサイドアセスメント法

である水飲みテスト(WST)と比べ、感度、特異度とも高く、信頼性が高い(Sensitivity

S-SPT 76-100%⇔WST;70-71%、Specificity S-SPT84-100%⇔WST;70-72%)という特

徴があり、在宅医療のベッドサイドで嚥下機能を簡便に評価する方法として有用であ

る。

3 末期認知症患者の延命治療の選択

1) 経管栄養の延命効果についてのエビデンス

1999年に Finucaneらが、重度認知症の経管栄養に関する総説の中で、末期認知症

患者の内視鏡的胃瘻造設術(PEG)を含む経管栄養は、「誤嚥性肺炎の予防にならない」

「栄養状態を改善しない」「予後延長にならない」「褥瘡の治癒促進にならない」「QOL

の改善にならない」ことを報告した。この総説の中で、PEG造設後の中央生存期間は

7.5カ月であること、63%は 1年以内に、81.3%は 3年以内に死亡しているという規

模の大きい 2つの研究データを紹介し、著明な延命効果は証明されないと解説してい

る。欧米ではこの報告以降、この時期の認知症に対する経管栄養は、著明な予後の延

長は期待できず、患者の苦痛を増大させるため、国際的には進行期認知症には経管栄

養を実施すべきではないというコンセンサスが形成されてきた。

重度認知症についての経管栄養の有用性の研究は、倫理的な理由から、RCT

(Randomized Controlled Trial)のようなエビデンスレベルの高い研究は実施で

きない。

末期認知症の胃瘻の効果に関しては、胃瘻造設後の生存期間をレトロスペクティブ

にみたものが主である。その後の研究も含めて、経管栄養を行った末期認知症患者の

一年生存率は、報告によって 10%~90%の幅があり、信頼できる研究がない現状は

かわっていない。多くの報告では、胃瘻造設後の平均一年生存率は 40~60%の範囲

内にあることから、全く延命治療を行わなければ予後は 1~2 週間、末梢輸液や皮下

輸液だけでは 2~3 ヶ月で、栄養障害によってほとんどの患者が死亡する。正確にい

えば、これらの選択肢と比較して、重度認知症の胃瘻造設に延命効果がないとはいえ

ない。

現在のところ、重度認知症に対する胃瘻造設ついてのエビデンスとしては、「胃瘻

後の平均 1年生存率は 40~60%であるが、あくまでも平均値なので、個別のケース

についての胃瘻の延命効果は、実施してみない限りわからない」というのが、認知症

末期の経管栄養に関する正確な説明である。

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34

4 末期認知症患者の意思決定の支援

1)早期からの段階的意思決定

AD と診断した時点で、家族には緩やかに機能が低下し、最後は死に至る病であるこ

とを説明する。この段階で、終末期の医療の在り方について自らに語れる人は稀であろ

う。しかし、AD が軽度の時期に、患者自身が自分の言葉で語るライフヒストリーに耳

を傾け、どのような人生を歩み、どのような生き方をしてきた人であるかを医師やケア

に関わるスタッフ側が理解しておくことは、終末期の意思決定において、非常に大切で

ある。

AD では多くの人が重度となる前に合併症で死亡しており、長い経過の中では、予測

できない合併症死が認められる。

AD が重度となり、失禁などの身体症状が出現した時点で、平均的な進行スピードで

あれは、約 3 年の経過で死亡することが予測できる。AD が重度となった時点で、家族

や意思決定に関わる人を集めて、今後のケアの方針、延命治療について話し合い、今後

の医療やケアの方針を確認するようにする。

AD がさらに進行し、嚥下反射が低下し、治癒しない構造的な肺炎を発症し、末期と

診断した時点で、家族や意思決定に関わる人を再度集めて、具体的な延命治療について

説明し、終末期の緩和ケアについて十分な話し合いを行う。

2)意思決定困難な認知症末期患者の意思決定支援法

意思決定困難な認知症末期患者の意思決定の支援は、コンセンサス・ベースド・アプ

ローチが基本となるので、その方法を紹介する。

自律が損なわれる末期認知症では、患者自身が自らの命に関することを決定できない

状態にある。多くの末期認知症患者は事前指定を残していないため、延命治療について

の意思決定は患者の価値観を推定しつつ(推定意思)、そこに肉親の価値観を統合する

形で、家族と医療者が話合いを重ねることによって決定していく。

Karlawish Jason H.T.et al.Annual of Internal Medicine 130 May18:835-840,1999

コンセンサス・ベースド・アプローチは、自律が障害された患者への終末期の意思決

定を推進するために、2001年に米国内科学会が提案した方法である。その具体的な流

れを表に示す。

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35

表 コンセンサス・ベースド・アプローチの実際

1. 意思決定に参加する人を決定する

例)直接介護に関わっていない遠方の息子なども含め、関係すべき人を集める。

2. 患者がどのような経過でこのような病にいたったかを説明する

例)認知症の自然経過を説明し、患者の発症から今日に至る経過を説明する。

この間、どのように治療・ケアしてきたかを説明する。

3. 今後患者の病がどのように推移するかという見込みを伝える

例)ADの自然経過として、近い将来嚥下反射が消失し、経口摂取ができなくなり、

治療に反応しない誤嚥性肺炎を起こすことが避けられないことを伝える。

4. 患者の QOL と尊厳について代弁する

例)患者の現在の脳の中の状態を説明する。特に、喜怒哀楽などの情動や苦痛を

感じているということを伝えるとともに、未来の概念(未来のために長く生きた

いと言う感覚は患者の中にないこと)を伝える。

例)医療や命に関わるエピソードから、患者さんの推定意思について話し合う。

「何が本人の幸せなのかを最も大切にして考えてください」と提案する。

5. 最後にデータと経験に基づいたガイダンスを与える

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36

例)延命治療についてのエビデンスについて説明する。

胃瘻造設の平均 1年生存は 40~60%の報告が多いこと、これらのデータはあく

まで平均であって、個別のケースでは実施してみないとわからないことを伝える。

それでも迷っている状況の場合は、「私だったら・・・・」「私の経験では・・・」

と指摘なガイダンスを伝える。

*上記文献を参考に著者が作成

末期認知症の治療の選択に際し、医師は家族に対して、積極的に患者の QOLと尊厳に

ついて代弁する役割をはたさなければならない。何が本人にとって幸せかを考えるにあ

たって、医師は患者自身からみた世界について、医学的に説明する義務を負っている(コ

ンセンサス・ベースド・アプローチの4の段階)。つまり、重度 ADの方でも、古い脳の

機能がある程度保たれており、情動や快不快などを感じていると考えられること、重度

AD の方の精神世界は過去が亡くなると同時に未来の概念も消失した状態であり、未来

のためにつらい治療を受けるという考えは患者自身の中にはないこと、患者にとってお

だやかであることが最も価値あることを説明し、倫理的にホスピス緩和ケアが提供され

るべき唯一のケアであるという基本原則は必ず説明する。

C 筋萎縮性側索硬化症(ALS;amyotrophic lateral sclerosis)

1 ALS の自然経過と軌道について

1)ALS の自然経過

ALSの発症は、上肢から発症するタイプ(40%強)(ものをつかみにくいなど)、下肢

から発症するタイプ(20%)(つまづきやすいなど)、球麻痺から発症するタイプ(30%

程度)(声がでにくいなど)に大別される。頻度は少ないが呼吸筋障害から発症するタ

イプ(呼吸筋先行型)もある。

いずれの症状もゆっくりと進行し、発症後数ヶ月から十数ヶ月後には、仕事や日常生

活が困難になる。中にはこの時点で嚥下障害や呼吸筋障害が出現することもある。

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37

ALSは最終的には四肢麻痺、球麻痺、呼吸筋麻痺となり、体のほとんどの筋肉が動か

せなくなる。つまり、病状の完成型は類似しているが、そこまでの過程では障害される

運動機能や進み方、残存する筋力などは、一人一人異なる。各段階で必要なケアやリハ

ビリ、環境整備については個々の状態を詳しく観察し、早め早めに実施していくことが

重要である。

人工呼吸器などの延命治療を行わない ALS 患者が発症してから死亡するまでの平均

罹病期間は 27 カ月~43 カ月(3 年前後)であり、人工呼吸器を装着した場合の予後は

5年前後と考えられている。人工呼吸器を選択しない ALSの死亡原因は球症状を原因と

した誤嚥性肺炎や呼吸筋麻痺による呼吸不全が多い。

1985 年から5年間に死亡した 698 例の患者を対にした厚生省特定疾患調査研究班の

全国アンケート調査では、レスピレーター非装着者の平均生存期間は、36.4±30.6 カ

月であり、レスピレーター装着者の平均生存期間は、57.0±42.3、生存期間中央値は

32 カ月、3 年生存率 41.2%、5 年生存率 17.5%であった(ただし、これはリルゾール未

使用のデータである)。人工呼吸器装着例では、10 年以上生存する長期生存者が 10%

程度おり、まれではあるが 20年生存例もある。

また、従来 ALSでは外眼筋群は障害されないと考えられてきたが、一部の長期生存例

では外眼筋群も障害され、すべての随意筋群が麻痺する例も認められる。これを TLS

(totally locked-in state)というが、TLS に至るのは約十数パーセントと推測され

ている。また、従来 ALSでは褥瘡はできないといわれてきたが、進行した ALSでは褥瘡

はみられることがあるため、予防と治療が必要である。

ALSでは外肛門括約筋など排泄にかかわる筋にも障害が及ぶことがあるが、排便コン

トロールが困難になるほどの障害は認めない。ただし、長期臥床例で、排尿障害のため

膀胱留置カテーテルを挿入する例もある。

また、前頭側頭型認知症(FTD)を合併する ALS の場合を除いて、認知機能障害も認

めない。

2)ALS の予後と予後に影響する因子

ALSにおいて予後が悪いと推定される因子としては、①高齢発症例(若い時に発症し

たほうが経過が長い。高齢発症例には球麻痺型が多いことが関係しているかもしれな

い)、②女性、③独身、④発症から診断までの期間が短い場合(発症から受診までが1

年未満の症例は 1 年以上の症例に比べ、早く死亡している。急速に経過する症例ほど、

医療機関を受診するまでの期間が短いと推定される。)⑤球麻痺型(球麻痺型は他の 2

つの病型に比べて生存曲線が明らかに左側に寄り、発症してから死亡するまでの経過が

短い。逆に、下肢発症型は経過が緩やかである。)、⑥呼吸器症状の進行が早い例、な

どである

逆に、明らかに予後を改善する治療は、NPPV を含む人工呼吸療法の実施、胃瘻等の

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38

経管栄養の実施、リルゾールの投与である。

米国神経学会(AAN)のガイドライン(2009年)においても、NPPVは約半数近くの患

者が耐性を示し、生存率も 2 ヶ月から 15 ヶ月に延長されたという最近の報告例が挙げ

られ、その有用性が強調されている。NPPV 実施後の予後は BMI と球麻痺の状況による

と考えられる。

PEGなどの経管栄養による栄養的介入も明らかに予後を改善する。

リルゾール(Level A)は、4つの Class I で軽度の効果(生存期間は 6~21 カ月間

延長される)を認めた。リルゾールは平均余命を 25~30%程度延長させることがわか

っており、米国の大規模なコホートスタディでは、生存期間を 6 カ月から 21 カ月延長

したとされている。リルゾールは、以前は「発症 5 年未満,FVC>60%,気管切開前」と

いう有効症例の条件があったが、現在は当初想定されたよりも効果があると考えられ、

緩和されている。また、リルゾールによる治療は、発症からかなりの時間が経過した段

階から行うより、早期に開始することが生存期間を延長する可能性が高いことが示唆さ

れている。

3) ALS の死亡原因

フランスの ALSの死亡原因についての前向き研究では、302人の ALS患者のうち、63%

は医療施設で死亡し、残りの 37%のほとんどが自宅で死亡した。死亡時の平均年齢は

67.7歳で、平均罹病期間は 26.4カ月であった。33%に NIVはが施行され、気管切開を

施行した患者は 3%で、胃瘻造設を行った患者は 37%であり、終末期には 40%の患者

に緩和ケアが行われ、オピオイドは 38%の患者に使用された。

死亡原因の 77%は、肺炎(14%)、異物による窒息(3%)、肺塞栓(2%)などを

含む呼吸不全であった。他の原因としては、術後あるいは外傷(4.4%)、心臓に起因

するもの(3.4%)、自殺(1.3%)、突然死(0.7%)などで、原因不明は 13%に認め

られた。

Gil J et alEur J Neurol, 2008, 15, p1245-51.

ALSの死因は球症状を原因とした誤嚥性肺炎や呼吸筋麻痺による呼吸不全が多かった。

4) ALS の軌道モデル

ALS の特徴は、始まりの症状は上肢、下肢、球麻痺、呼吸筋麻痺など多様であるが、

最終的には、四肢麻痺、呼吸筋麻痺、嚥下機能の消失となること、それが多少の個人差

はあれ、3年前後という一定の時間の範囲内で起る確率が高いことがあげられる。

通常、人工呼吸器を選択しなければ、3年前後で死にいたるため、診断を受けた時か

ら、日々喪失する機能に向き合わなければならないと同時に、近い将来の命の選択を迫

られることになる。

気管切開、人工呼吸器装着、胃瘻からの経管栄養を行った例では、長期生存が望める。

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39

長期人工呼吸例では、肺炎、胆嚢炎、尿路感染などの感染症の発生、呼吸器の事故、肺

のコンプライアンスの低下に伴う呼吸器合併症などが問題となる。

ALSモデル

機能

27~43カ月

人工呼吸器装着(生きること)の選択

胃瘻の選択

人工呼吸器装着後の合併症死

2 ALS の予後予測の指標

人工呼吸器を装着しないという意思決定を行っている場合、ALSの予後の予測はそれ

ほど困難ではない。一般的に呼吸機能の低下が最も確実な予後指標となる。前述のよう

に、%VC が 50%未満となると 4 カ月、%VC30%未満だと3ヶ月で呼吸不全に陥る

(Columbia Univ. 2003)とされている。また、%VC が 50%以下になってから 6 ヶ月後

には 88%の患者が死を迎えているというデータもある。

3 ALS 患者の延命治療の選択

1)ガイドラインからみた ALS 治療とケアの動向

我が国のALSの代表的なガイドラインとしては、「ALSの治療ガイドライン(2002

年)」と「筋委縮性側昨効果症の包括的呼吸ケア指針 -呼吸理学療法と非侵襲陽圧

換気療法(NPPV)-」がある。

海外の代表的なガイドラインとして、米国神経学会(ANN)のガイドライン(1999

年)があるが、この十年間で新たなエビデンスが加わり、2009年に改訂されている。

2009 年に改訂された米国神経学会ガイドラインは、1998~2007 年の臨床研究論文

を評価し,1999 年のガイドラインを改訂したものである.結果的に 8 個の Class I、

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40

5個の Class II、43個の Class III論文を reviewしている。

欧米と我が国の ALSのケアには、米国では気管切開と人工呼吸器を装着してもそれ

をはずすことが違法ではないこと、呼吸困難の緩和のためにモルヒネ等を使うことが

容易であること、人工呼吸器を装着しない患者が多いことなど、医療的、文化的背景

に相違があるので、それを念頭においておく必要がある。

以下、これらのガイドラインから、ALS診療のエビデンスを抜粋する。

(1) ALSの呼吸管理

① 呼吸管理についてのエビデンス

AANのガイドラインでは、NIV(noninvasive ventilation 非侵襲的呼吸補助;AANガ

イドラインでは NIV という表現が用いられており、そのまま使用している)に関するエ

ビデンスは以下のようにまとめられている。「NIVは1つの Class I,3つの Class III

にて生存期間の延長効果がある(Level B)」「NIVはFVC低下スピードを遅くする(Level

B)、NIV はおそらく呼吸機能低下患者の QOL を改善する(Level C)」「早期における

NIV導入は NIVのコンプライアンスを改善する(Level C)」

また、NIV は約半数近くの患者が耐性を示し、生存率も 2 ヶ月から 15 ヶ月に延長

されたという最近の報告が挙げられ、NIV が延命および努力性肺活量(FVC)の低下

を遅らせるのに有効であり、ALSの呼吸不全治療には NIVを考慮すべきであるとその

有効性が強調され、前回より強く推奨(レベル B)された。つまり、球麻痺がなけれ

ば、NIV の使用によって延命効果が期待できることはほぼ確実となった。NIV 導入後

の予後は BMIと球麻痺の出現状況によるとしており、NIVを装着しても極度に痩せる

ケース(経験的に動けるケースに多い)や球麻痺が早期に出現するケースが NIV装着

後の予後が不良であると推定できる。

一方、気管切開による人工呼吸療法が、長期の人工呼吸療法を希望する患者の QOL

維持に有用かどうかは、Level C(特定の集団における一定の条件に対して、おそら

く有効)であった。

② NIV導入のタイミング

NIV導入のタイミングとしては、前述のようにVCが 50%未満となると 4カ月、%

VC30%未満だと 3ヶ月で呼吸不全に陥るとされており、肺活量が 50%以下になってか

ら 6ヶ月後には、88%の患者が死を迎えているというデータもある。それらのエビデ

ンスに基づき、AANのガイドライン(2009年)では NIVは FVCが 50%になったらす

すめた方がよいとされている。

この ALS 診療指標では、NPPV 導入時の指標となるマーカーや呼吸管理に関するエ

ビデンスは以下のように評価されている。①呼吸機能低下を評価する検査については、

夜間酸素飽和度モニターは肺胞低換気の検出に有用(Level C)、②立位の強制肺活量

(FVC)に加え,臥位強制肺活量,最大吸気圧(MIP)測定は呼吸機能評価に有用(Level

C)、③Sniff nasal pressureは高炭酸ガス血症や夜間低酸素血症の検出に有用(Level

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C)④Peak cough flow の低下している患者の,とくに急性呼吸器感染時には機械的

咳介助(いわゆる MAC)が有用である(Level C)。

また、Millerらは、ALSの呼吸管理のアルゴリズムを示している。

ボールド エビデンスベースド、イタリック コンセンサスベースド

NIV noninvasive ventilation非侵襲的呼吸補助、PFT pulmonary function test 肺機能検査

PCEF(peak cough expiratory flow)咳嗽ピークフロー値、SNP(sniff nasal pressure)sniff鼻吸気圧

MIP(maximal inspiratory pressure)最大吸気圧、夜間オキシメトリー異常 ベースライン時と比較して SPO2<4%

Miller RG,et al Neurology 2009:73:1218

%FVCは口輪筋の麻痺などで、マウスピースを加えることが困難となってきた場合は

信頼性が低下するので、症状や他の検査も含めて総合的に判断する。

米国の NAM-DRC(National Association for Medical Direction of Respiratory Care)

の consensus conference reportでは、①PaCO2 45Torr以上、②睡眠時 SPO2≦88%以

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下が 5分以上、③%FVCが 50%以下か最大吸気圧が 60cmH2Oのいずれかを満たす場合に

一般的な NIVの適応とされており、ALSにおいてもこの基準が準用されている。

しかし、「筋委縮性側索硬化症の包括的呼吸ケア指針 -肺理学療法と非侵襲陽圧換

気療法 第一部平成 19年度研究報告書分冊」では、NAM-DRCの基準では導入が遅すぎ

るという専門家の意見もあることが記載されている。

筋委縮性側索硬化症の包括的呼吸ケア指針(2007)では、NPPV の開始を考える際に

必要となる情報として、以下を列挙している。

《呼吸不全および呼吸機能の評価》

* 自覚的呼吸症状、呼吸不全の臨床徴候、運動時の呼吸困難感、起床時の頭痛

* 呼吸不全の病態把握、肺活量(%VC)などの呼吸機能検査

* 血液ガス分析(経皮的測定でも可)での二酸化炭素分圧の測定

* 夜間や就寝時の SPO2 の評価およびモニタリング、どこまで低下するか

* 気道のクリアランス、排痰能力

* MIC および Peak cough flow の測定

《球麻痺の評価》

* 唾液や分泌物の嚥下と貯留状態

* 食事の携帯・摂取時間・疲労度・栄養障害の程度

* 発話によるコミュニケーションの状況

* 声門を閉鎖できるかどうか

検査時にエアリークなくマウスピースをくわえることが困難になってきた時にフ

ェイスマスクを使った呼吸機能検査を行ったり、SNIP(Sniff Nasal Inspiratory

Pressure)や Peak cough flowを測定している施設もあるが、在宅ではこれらの検査の

実施は困難である。

つまり、在宅での NIV導入のタイミングとしては、%VC50%以下、PaCO2 45torr

以上などの客観的指標とともに、起座呼吸、呼吸困難感などの自覚症状も含めて総合

的に検討し、呼吸不全徴候を認めたら速やかに最終的な意思の確認をしなければなら

ない。

③ 在宅での管理の実際

在宅医療においては、病状が軽い時期は、可能な限りスパイログラムでフォローし、

進行したら自覚症状を中心にしつつ、何らかの方法で呼吸機能をモニタリングするよ

うにする。特に、%VCが 50%を切った場合、毎月慎重にフォローする必要がある。

自覚症状としては、夜間の呼吸苦や運動時の呼吸苦、安静時の呼吸苦などの症状に

よる緊急コールの増加に注目する。

呼吸機能のモニタリングでは、メモリー機能付きのパルスオキシメーターを所有し

ている施設では、夜間 SPO2のモニタリングを行うとよい。

血液ガス分析装置やカプノモニターを保有する施設では、血液ガスによって PaCO2

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を測定したり、カプノモニターなどで呼気終末二酸化炭素分圧(ETCO2)を測定する。

ただし、昼間の安静時のみの測定では、比較的急性増悪する直前まで正常に近い値を

維持する場合も多いので注意をしたい。血清中の塩化物量が疾病の後半 5ヶ月中に急

激に減少するという観測結果もあり、血液ガスを容易に測定できない環境においては

CO2の貯留を推定する手助けになるかもしれない。

筋委縮性側索硬化症の包括的呼吸ケア指針で推奨している方法のうち、おそらく最

も鋭敏なのは夜間の経皮的二酸化炭素分圧測定であろう。残念ながら、この機器は在

宅では十分普及していないが、夜間の経皮的二酸化炭素分圧を測定し、夜間に二酸化

炭素の急速な上昇があるかどうかの確認によって、NPPVあるいは TPPV導入の直前の

タイミングをはかれる可能性が高いと思われる。

(2) 嚥下障害と経管栄養

① ALSの嚥下障害と経管栄養

ANN ガイドラインで PEG は体重の維持に有効(Level B)で、生存期間延長にも有

効(Level B)とされ、「栄養状態の悪化や体重減少が著明な場合には行うべき治療」

(Level B)とされたため、米国では ALSに対する PEGの実施が 2倍に増加している。

一方で、PEG が QOL 改善に有効かどうかはエビデンス不足(Level U)であるとして

いる。

つまり、従来 ALSでは、PEGは誤嚥防止のために「経口摂取を避ける」という目的

で実施されていたが,新しいガイドラインでは、体重減少は予後不良のマーカーであ

り,「予後の悪化を防ぐ」目的のため、あるいは「体重減少を防ぐ」目的のために PEG

が行われるという考え方変化が記載されている。

ALSでは、発症初期から球麻痺が出現する時期にかけて、年 10~20kgの急激な体

重減少が起こりうる。この原因としては、筋肉量の減少とともに、嚥下障害に伴う摂

取カロリー不足だけではなく、エネルギー需要の異常亢進(hypermetabolism)の存

在が推定されている。人工呼吸器を装着しない ALS患者が、BMI<18.5㎏/m2となる

と生命予後が不良であることが報告されており、呼吸筋疲労が強い NPPV導入時期と

球麻痺の出現時期は、栄養改善と生命予後の改善の目的で PEGを推奨するタイミング

であろう。

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Miller,R.G.et al. Neurology 2009;73:1218-1226

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② PEG実施のタイミング

AAN のガイドラインでは、PEG をいつ導入すべきかについては、エビデンス不足

(Level U)となっているが、筋委縮性側索硬化症の包括的呼吸ケア指針では、PEG

造設の基準として、①嚥下障害の自覚的な症状を認める場合、②急激な体重減少を

認める場合(病前体重の 10%以上の減少)、③body mass index<18.5kg/m2、④嚥下

造影や嚥下内視鏡にて、梨状窩への唾液貯留や明らかな誤嚥がある場合、⑤NPPV 導

入前または導入時(%FVC>50%)の 5つの基準が提案されている。

また、ALSの嚥下障害の診断は,臨床症状により行い,嚥下造影検査(VF)は必須

ではないと考えられている。ALSでは、嚥下反射の問題だけでなく、舌下神経麻痺に

より、舌先を上顎に接触することができないため、食物の送り込みができなくなっ

たり、顔面神経麻痺によって口閉じができなくなるなど口腔期の問題が嚥下障害の

原因となることも多い。

PEG は%FVC50%以下では、内視鏡操作時に口からのエアリークがおこり、呼吸不

全を悪化させる可能性が高いとされ、%FVC が 50%以上ある段階で作成することが

推奨されており、30%以下では内視鏡実施時に窒息する恐れがあり、通常行われな

い。やむを得ぬ場合は、極力口からのエアリークを減らすために、小さいマウスピ

ースを使うように工夫したり、トータルフェイスに内視鏡用の孔をあけて、経鼻内

視鏡で行う方法などが紹介されている。

患者が将来 NPPV を行う可能性がある場合、あるいは NPPV を行うが TPPV まで行わ

ないという意思を表明している場合は、早期に PEGを行うかどうかの意思決定が必要

である。NPPV によって呼吸管理が問題なくても、後から徐々に嚥下障害が進行する

と、経鼻胃管での栄養では、マスクからのエアリークの問題とチューブ圧迫部の潰瘍

形成が問題となる。NPPV継続できるかどうかは、栄養状態と球麻痺に依存しており、

極度の栄養障害は NPPVの継続を困難とする。

気管切開を行い、TPPVを希望する患者の場合は、TPPVを開始すれば、PEGが造設可

能となるが、それまで栄養状態の改善がはかれないということになる。

尚、最近、欧米で行われるようになった RIG( radiographically inserted

gastrostomy)は、ブラインドで穿刺をするため一定のリスクはあるが,ある条件下

で実施できる方法として、検討すべき手法である。

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中島孝ら ALSへの NPPVの導入 ジャーナル オフ ゙クリニカルリハビリテーション 16巻 3号 2007年

(3) ALSケアに関する他のエビデンス

薬物療法では、リルゾール(Level A)は、軽度の効果(生存期間は 6~21 カ月間

延長)が認められている(4つの Class I)。以前は「発症 5年未満,FVC>60%,気管

切開前」が投与条件であったが、現在では条件が緩和されている。一方、炭酸リチウ

ム(Level U)の効果は判断不能とされ、2010年 7月に完了する多施設研究の結果待

ちの状態である。ビタミン・サプリメントなどについては、クレアチン(5-10g/day)

は ALS の進行抑制に無効(Level A)で、高用量ビタミン E も治療として考えるべき

でない(Level B)とされた。それ以外のものについてはエビデンス不足で判断困難

であった。

流涎はボトックスが(Level B)、唾液腺への低線量放射線照射(Level C)であっ

た。流涎に対しては、一般的には抗コリン剤が使用されるが,エビデンスは不十分で

あった。

制御不能情動(強制泣き・笑い;pseudobulbar affect)に対しては、デキストロ

メトルファン(dextromethorphan;NMDAアンタゴニスト→メジコン) と硫酸キニジ

ン(quinidine sulfate;σ1 アゴニスト)の合剤・Zenvia が有効.FDA に認可され

たら使用開始できる(Level B)としている。

疲労については、うつ,睡眠障害,呼吸機能低下などが原因となるが治療について

は不明であった。リルゾールによって生じている疲労については、軽度の生存期間延

長効果と疲労を天秤にかけて,リルゾール内服中止も検討する。クランプ,痙性,う

つ,不安,不眠に対しては、いずれについても十分なエビデンスはない(Level U)

認知・行動障害については、診断基準に関するコンセンサスがなく,十分な検討が

行われていない(Level U)。

どのように病名告知を行うべきかについても十分なエビデンスがない(Level U)

今後,取り組むべき課題としては、「呼吸機能の最適な評価方法は何か」「PEG開始

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時期はいつがよいか」、「PEG の QOL,生存への効果は?」、「認知・行動障害の診断方

法は」「リハビリの効果」、「痙性,筋痙攣,便秘,流涎,強制泣き・笑い,痛み,う

つ,不安,疲労の治療法」などが挙げられている。

4 ALS の意思決定の支援

1) 意思決定の支援

ALSが脊髄小脳変性症やパーキンソン病など他の神経難病と異なる点は、罹患期間が

短く、病状の経過・進行が早いこと、進行と予後の予測が比較的容易であり、各段階に

行うべきことが予測し易いことである。

ALSでは、診断を告知する時、機能が低下してきた時、栄養の問題が起こり胃瘻の問

題がでてきた時、呼吸機能が低下し、NPPVの適応を検討する時、気管切開を行い、TPPV

を選択し、命の選択をしなければならない時まで、いくつもの治療法の選択をしなけれ

ばならない。従って、それぞれの時期に迅速に病状をアセスメントし、きちんとした説

明がなされ、意思決定の支援が継続的になされていることが重要である。

FTD を合併する場合など一部の例外を除いて、患者の Autonomy は保たれており、呼吸器

装着などの医療処置の選択は、患者自身が決定すべきであり、家族がこれに同意すること

が通常の形である。

いずれの意思決定の支援の場面でも、患者自身がどのような生き方をしたいかという

ことを常に問いかけることが重要である。そして、患者自身の意向を中心に据え、生活

面の不安も含めて説明することが重要である。

次に、本人の意思を尊重して、家族を含め周囲の人が十分な話し合いをすることが大切

で、お互いの考えが異なる場合もあるが、最終的に患者自身が納得していることが大切で

ある。

2)一般的な意思決定支援の手順

診断の告知は、基本的に患者本人に対して診断時に行うものであるが、ALSの場合に

は段階的に行うことが望ましいと考えられつつある。以下の説明は主に、神経内科の専

門医が行うことが多い。

① 診断時に診断名と今後起こりうる問題、長期予後について説明する

病気が進行性であり、歩行、発語、咀嚼、嚥下などの人間にとって基本的な身体機

能の障害を生じ、最終的には全介助状態となることを説明する。単に医学的な話だけ

でなく、介護や福祉に関する問題についても詳しく紹介することが重要である。

告知をうけた患者の多くは、それを肯定的にとらえており、告知のタイミングとし

ては診断時に行うことがよいという意見が多い。

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② 嚥下障害の徴候が見られたときに、経管栄養(胃瘻の造設)についての意思の確

認と詳しい説明を行う。

③ 呼吸機能の低下の兆候(%VCが 50%を切るなど)が見られ、呼吸困難の自覚症

状が出る前に、NPPVと気管切開、レスピレーターの使用について説明する。

3)在宅医としての意思決定への関わり

(1)専門医との共同

専門医と在宅医は、連携を取って意思決定を支援すべきである。

国立療養所神経内科協議会に加入している 38 施設で実施された告知に関する調査で

は、ALS患者の約半数がレスピレーターを装着せずに死亡する一方で、病気の告知が不

十分のままレスピレーターを装着する例が少なくないこと、さらに根本的治療法がない

ことを告げないインフォームドコンセント(IC)が 35%に見られることなどが明らか

にされ、専門医においても十分は ICがなされているとはいえない。

神経内科医は地域のことや在宅での生活のことを十分知らない場合も多く、この部分

を在宅医が補い、意思決定の支援を共同して行っていくことが最もよい。

一方、在宅医は、本疾患が希少疾患であるため、意思決定にかかわる経験をつむことが少

なく、全面的に意思決定を行うことには困難を伴う。意思決定のための指標があれば、一

定の経験のある在宅医は意思決定に積極的にかかわることができる。

(2)在宅医としての関わり

① 疾患の理解度をチェックする。

在宅医としても、説明責任を果たすことが重要でることはいうまでもない。そのために

は、まず患者及び家族の疾患についての理解度をチェックする。患者と家族が専門医から

どのような説明がなされて、どのように理解しているかを十分に聞くことがまず必要であ

る。

進行性の病気であること、嚥下や呼吸の問題などがきちんと話され、十分理解されてい

るか、それらのことについてはっきりした意向をもっているか、家族との間で十分な合意

がされているかについて確認する。

具体的な課題、例えば嚥下障害や呼吸筋麻痺が出現した時の対応や、経管栄養(胃瘻)

や気管切開、人工呼吸器についてどのくらい理解しているかについても確認する。

特に、呼吸器について十分話されていない場合は、納得できるように説明を行う。また、

実施のイメージがわかずに意思決定ができない場合は、実際呼吸器をつけて療養している

患者さんの見学をすすめる場合もある。

希望する療養の場についての意向も確認する。家で過ごしたい人がほとんどであるが、

独居の場合は、長期の入院施設を検討する。

患者の臨床経過をみて、進行が早い人には、早めに意思決定に関わるよう心掛ける。

② 本人の意向の奥にあるもの

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患者が決定した言葉には、「省略」「一般化」「歪曲」が行われることがある。言葉 の

本質を明確にするためには、患者が口にした意向の奥にある「思い」やそれを裏付ける

「体験」は何かを、医療者が理解できているかを確認する(メタモデル)。時に、それ

に関して問いかけることが必要な場合もある。

③ 家族の意向の奥にあるもの

同様に家族が口にした意向にも、「省略」「一般化」「歪曲」が行われていることがあ

る。言葉 の本質を明確にするために、家族が口にした意向の奥にある「思い」やそれ

を裏付ける「体験」は何かを、医療者が理解できているかを確認する(メタモデル)。

時に、それに関して問いかけることが必要な場合もある。

④ 療養環境を整える

ALSの在宅ケアでは、日常生活の全面的介助だけでなく、嚥下や呼吸の障害に対して

生命を維持するための医療処置を要することが特徴である。そのため、ALSの在宅ケア

は、重介護とならざるを得ず、主たる介護者(もっぱら介護に専念できる家族など)の

協力が欠かせない。ALS患者の約 60%が在宅療法を希望していると言われているが、そ

の介護負担は非常に大きく、専門的サポート、非専門的サポートなどのネットワークを

整えることができるかが重要である。

在宅医は、他の専門職と協力して、療養環境を整える。療養環境が整わない中では、

患者は安心して延命治療の選択(自分の本当の希望)を口にすることができない。

⑤ 緩和ケアについての説明

呼吸器をつけないという選択をした場合でも、苦痛をとるための最大限の努力をする

こと、積極的な緩和ケアを提供することを約束する。

緩和ケアの存在知らなければ、患者は安心して、延命治療の非導入(自分の本当の希

望)の選択をすることができない。

4)人工呼吸器に関する意思決定の手順

人工呼吸器に関する意思決定については、事前に意向を確認した上で、呼吸筋麻痺の徴

候が見られたときに、具体的な意思決定の支援を行う。

%VC が 50%を切れば、意思決定を始めるべきであろう。他の検査として、SPO2,SNP、

PCF の結果も含めて総合的に判断する。

呼吸筋麻痺の徴候としては、声の大きさ、大きい咳をしにくいなどの初期の症状に注意

する。呼吸困難は、NPPV 装着の3-4週間前から見られることが多い。

(1)NPPVに関するインフォームドコンセント

筋委縮性側索硬化症の包括的呼吸ケア指針(2007)では、NPPV のインフォームドコ

ンセントで伝える具体的な内容を以下のように記載されている、

① NPPVの方法、意義、目的、適応

② TPPVとの相違点と類似点

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③ NPPV使用時の食事、コミュニケーション法

球麻痺が許容範囲で口輪筋機能が問題なければ、鼻マスク装着が可能であり、NPPV

装着時でも経口摂取が可能である。声帯の麻痺がなければ会話によるコミュニケーショ

ンが可能である。球麻痺が進行すると嚥下ができなくなるので、経管職が必要となるが、

NPPV使用中の経鼻胃管は、マスクからの漏れを起こすため PEGが推奨されている。

PEGは呼吸機能が低下する前に造設する必要がある。胃切除された方は PEGの造設は

極めて困難である。

④ NPPVの使用の中止、再開

患者自身の呼吸症状や効果によって本人や家族がマスクを着脱したり使用を中止、再

開したりすることが可能である。

⑤ NPPVの外出時、在宅時での使用

NPPV を装着した状態で、入院と在宅療養が可能である。NPPV は外出時にも利用でき

るが、外部バッテリーなどの電源の確保や車いすなどへの装着についての検討が、別に

必要である。入浴中の使用も可能であるが、防水の配慮が必要である。

⑥ NPPV開始後の問題

NPPV開始後、経過とともに設定を変更していく必要がある、

NPPV を継続するためには、排痰を促進し、肺炎や無気肺の予防を目的に呼吸理学療

法も有用である。咳の強さを図るために、咳時のピークフローである PCF(peak cough

flow)を呼吸機能パラメーターとして測定する。PCFが 270L/min未満に低下すると排

痰は困難になるが、NPPV の使用期間は、肺活量よりも排痰が可能で気道クリアランス

が保たれるかによってきまる。使用期間は数カ月から 2,3年までが報告されている。

⑦ NPPVの限界と継続困難時の対処

肺活量が低下しても、NPPVは換気量を維持できるはずであるが、排痰ができないと、

換気量は維持できなくなり、気管内挿管が必要となる。抜管できない場合は、TPPV に

移行するほかない。はじめに、NPPVの限界を話しておくことが重要である。

排痰を促進するためには、呼吸理学療法が必要だが、PCFが低下してきたら、機械的

排痰(MAC;Mechanical assisted coughing)も利用して、排痰を試みる。それでも、

呼吸苦や SPO2の低下が改善できない場合は、TPPVの適応となる、TPPVに移行しない場

合は体内での CO2の貯留が起きるが、CO2の麻酔作用によりかえって呼吸苦は軽減され

ることが多い。呼吸苦が強い場合には、オピオイドなどの投与が呼吸苦を緩和する場合

がある。NPPV によって換気量が保てないと低酸素血漿は補正不能となる。NPPV 装置も

機種によって酸素を投与できる装置があり、必要に応じて使うことができる。

(2)TPPVと人工呼吸器呼吸器装着に関するインフォームドコンセント

気管切開を行い、TPPV実施によって、数年以上の延命が期待できることを説明する。

日本では、ALS 患者が気管切開下人工呼吸療法(侵襲的陽圧換気療法、tracheotomy

positive pressure ventilation;TPPV)を選択する割合が 15~17%にものぼり、諸外

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国に比べて非常に高い。

日本で ALSの人工呼吸器装着が高い要因は、以前は、情報提供の不足や、自身での意

思決定ができない環境だと考えられていたが、近年ではそのような要因は低下し、むし

ろ「健康保険・介護保険により経済的負担が少ないこと」、「日本の患者は延命を望む家

族の希望を尊重する傾向が強いこと」、「ALS患者団体の存在」、「人工呼吸器を装着して

生活している患者の生き方に共感する医師の存在」、「そのような患者の様子が広く報道

されていること」などが挙げられており、医師の説明不足などの要素は年々低下してい

るという報告もある。

しかし、実際の人工呼吸器装着率は、ほぼ 100%から 10%未満まで、病院間でかなり

の差がある実態から、意思決定の支援の在り方の問題がないとはいえない。

在宅人工呼吸療法導入の条件をまとめると、①患者本人と家族に在宅療法の希望があ

り、②在宅での主治医がいること、さらに③緊急入院が可能なベッドが確保され、十分

な退院指導を受けることができ、④在宅ケアの支援体制があることなどがあげられるが、

とくにはじめの 3点は必須条件とされる。

5)胃瘻についての意思決定

ALSでの胃瘻は誤嚥防止のために「経口摂取を避ける」という目的ではなく,予後不

良因子である体重減少をさけ、「予後の悪化を防ぐ」目的のために実施される。

また、胃瘻造設のタイミングは、嚥下反射ではなく、口腔期の問題もふくめて経口摂

取が困難となってきたときで、具体的には食事中のむせや水分が取れなくなってきたり、

食事の時間がかかる(40 分~1時間)ようになってきたとき、あるいは、栄養状態の

悪化(アルブミンと体重減少)が見られた時であり、胃瘻造設のタイミングの判断には

必ずしも嚥下造影は必要ないと考えられている。

また、NPPVや TPPVなど呼吸管理の選択も含めて、患者の今後の医療処置のプランの

中で、胃瘻をするタイミングが決定されることを十分説明し、理解をえることが重要で

ある。

6)人工呼吸器を選択しない場合

呼吸器装着率は 15~17%(意思決定をした場合)であるが、実際は緊急時の装着も

ふくめて 20%代となっている。日本においては、人工呼吸器装着を選択する患者の割

合が高いと言われていたが、実際多くは人工呼吸器を装着せずに最期を迎えており、そ

の多くはおそらく専門医のいる病院に入院して最期を迎えていると推定される。

人工呼吸器を装着しない場合においても、苦痛を和らげる積極的な緩和ケアの提供を

保証しなければならない。特に NPPV装着後、TPPVに移行しない例では、意識障害がお

こりにくいため、終末期の呼吸困難などの苦痛が大きいため、より積極的な緩和ケアが

必要である。

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52

延命的な医療処置を行わないと意思決定され多患者に、死につながる症状や徴候が見

られた時、特に ALSでは呼吸への対応が始まった時が終末期として、集中的な緩和ケア

を実施するタイミングである。

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53

D 慢性閉塞性肺疾患(COPD)

1 COPD の自然経過と軌道モデル

1)COPD の自然経過

慢性閉塞性肺疾患(COPD:Chronic Obstructive Pulmonary Disease)は、慢性気

管支炎(気道の慢性炎症)と肺気腫(肺胞の破壊)のことを指す。

WHO の統計では、1990 年代は死亡原因の 6 位で、2020 年には 3 位となることが予想

されている。

日本では、530万人の患者がいるといわれるが、実際の治療を行っている患者はその

うち 1割未満である。

米国では死因の第3位を占め、末期COPDへの緩和医療の確立が緊急の課題になってお

り、その必要性は米国胸部疾患学会(ATS)の立場表明にも述べられている。

COPDの重症度は、表のように一秒率・1秒量を中心に病期を判断する。

COPDの病期

0期 1期

軽症

2期 中

等症

3期

重症

4期

最重症

1秒率 正常 70%未満

1秒量/

正常値

正常 80%

以上

50%以上

80%未満

30%以上

50%未満

30%未満 or50%未満で慢性

呼吸不全か右心不全合併

症状 あり

COPD の急性増悪入院者の死亡率は 5%で、入院者の 1 年以内の再入院が 45%、1年

以内の死亡は 13%である。予後の予測因子としては、年齢(高齢であること)、やせ、

ADL、1秒量による COPD の Staging、再入院回数、在宅酸素療法(HOT)の使用

である。

2) COPD の軌道モデル

呼吸器疾患の患者は急性増悪と寛解を繰り返しながら、全体的な機能がしだいに悪化

するという軌道をたどるが、COPD においても急性増悪時に、この状態が本当に回復の

見込みがないのかの判定は困難である。そのため COPDの予後予測は容易ではない。

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54

呼吸器疾患モデル

機能

急性増悪

急性増悪入院

2 COPD の予後予測の指標

1) BODE index

BODEは、COPD患者の全死因や呼吸器系の原因による死亡リスクを予測する指数で、

2004年にBartolome Celliらにより開発された。

COPDでは、以前より、呼吸機能の状態にかかわらず、栄養状態が悪いこと、呼吸困難

感が強いことは、独立した予後因子であることは知られていた。「肺機能が悪い」「栄

養状態が悪い」「一定時間内に歩ける距離が短い」「呼吸困難感が強い」場合は生命予

後が悪い。単一の要素だけでCOPDの生命予後を推測することは困難で、これらを4つの

変数とし、スコア化した。

BODEは肥満指数(BMI;B),気流閉塞度(the degree of airflow obstruction;O),

呼吸困難(dyspnea;D),6 分間の歩行テストで測定する運動能力(exercise capacity;

E)の 4 つの変数を使用して,スコアが高いほど死亡リスクが高くなる多次元的10点満

点方式の評価法を作成した。

COPD患者の全死因や呼吸器系の原因による死亡リスクを予測するという点で,BODE

指数が 1 秒量(FEV1.0)よりも優れていることを明らかにした。

①B(body mass index, BMI ボディーマスインデックス)

体重÷身長÷身長で算出(例160㎝ 75㎏ならばBMI=75÷1.6÷1.6=29)

②O(obstruction)肺機能による気道の閉塞の程度

③D(dyspnea)呼吸困難感

④E(excercise)運動能力

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55

4つの因子の頭文字をとってBODEスコアーを作成し、点数化を行なっていいる。

625人のCOPD患者を約2年半追跡し、BODE scoreによるグループ分けで死亡率を見た

ところ、この期間中に死亡した人は162名で、死因は呼吸不全61%(99名)心筋梗塞14%

(23名)肺癌12%(19名)であった。

0 1 2 3

1秒率の予測値 65以上 50~60% 36~49% 35%以下

6分間の歩行距離 350m以上 250~349m 150~249m 149m以下

MMRC呼吸困難感スケール 0~1 2 3 4

BMI(ボディーマスインテックス)

(体重(㎏)÷(身長)÷(身長) 21以上 21以下

各項目の点数を足すと、最低 0点、満点で 10点となる。BODEによって、2点まで、4

点まで、6点まで、10点までと4つのグループに分け、生命予後をみたのが下図で、BODE

スコアが低い程、(栄養状態が悪く、肺機能が落ちており、運動能力が低く、呼吸困難

感が強い人程)生命予後は悪いことがわかる。BODEは、比較的簡単に測定できる指標

の総合点で予後がわかる利点がある。

MRC scale

平地歩行でも同年齢のひとより歩くのが遅い,または自分のペースで平地歩行していても息継ぎのため休む

Grade 3

息切れがひどくて外出ができない,または衣服の着脱でも息切れがする

Grade 5

約100ヤード(91.4m)歩行した後息継ぎのため休む,また

は数分間,平地歩行した後息継ぎのため休む

Grade 4

平地を急ぎ足で移動する,または緩やかな坂を歩いてのぼる時に息切れを感じる

Grade 2強い動作で息切れを感じるGrade 1息切れを感じないGrade 0

平地歩行でも同年齢のひとより歩くのが遅い,または自分のペースで平地歩行していても息継ぎのため休む

Grade 3

息切れがひどくて外出ができない,または衣服の着脱でも息切れがする

Grade 5

約100ヤード(91.4m)歩行した後息継ぎのため休む,また

は数分間,平地歩行した後息継ぎのため休む

Grade 4

平地を急ぎ足で移動する,または緩やかな坂を歩いてのぼる時に息切れを感じる

Grade 2強い動作で息切れを感じるGrade 1息切れを感じないGrade 0

*Hugh-Jones分類 は日本のみで、国際的には MRC scale が用いられることが多い。

HJは 5段階であるが、MRCは 6段階に分類されている。

表 A BODE indexと ATS ステージ分類

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56

Bartoleme

R et al NEGM vol350:1005-1012 Mar.4.2004 N10

図のように、BODEインデックスのほうが、数年後の予後について適正に予測できる。

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57

852例の COPDを 2年間フォローした研究では、BODEは死亡者 162例(26%)を含む

625例に検査された。死亡者の 61%は呼吸不全による死亡であった。BODE7-10点は 52

カ月で 80%の死亡と関係していた。

N Eng J Med 2004 Mar 4;350(10):1005

2) ADO インデックス

BODEに比較して簡略である ADOインデックス(年齢、呼吸困難、気道閉塞)が、COPD

の長期の予後予測に有用であることが、アメリカ Johns Hopkins Bloomberg公共健康医

学部疫学科の Milo A Puhan氏らが実施した 2つのコホートを研究で明らかになった。

ADO Index

0 1 2 3 4 5

Age 40-49 50-59 60-69 70-79 80-89 90-

Dyspnea

(MRCscale)

0-1 2 3 4

Obstruction

FEV1%

FEV1≧65%

predicted

FEV136%-64%

predicted

FEV1≦35%

Prediction of 3year mortality in patients with chronic obstructive disease(COPD) by ADO score

AOD score 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

Mortality Patients

with longstanding and

severe COPD

7.2

%

9.9

%

13.5

%

18.1

%

23.9

%

30.8

%

36.7

%

47.2

%

55.9

%

64.2

%

71.8

%

Mortality after first

hospital admission

3.0

%

4.0

%

5.4

%

7.3

%

9.8

%

12.9

%

16.9

%

21.8

%

27.6

%

34.3

%

41.7

BODE Index の Score と死亡率

BODE Index Score One year mortality Two year mortality 52 month mortality

0-2 2% 6% 19%

3-4 2% 8% 32%

4-6 2% 14% 40%

7-10 5% 31% 80%

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58

For COPD

ADOは、BODEと比べてエビデンスレベルは低いが、在宅患者で実施困難な、体重測定

や6分間歩行試験がないため、ADLの低下している訪問診療対象者でも、スパイロさえで

きれば実施可能である。また、BODEよりも短期(3年)の予後予測に生かすことができ

る。

Puhan MA et al. Lancet 2009; 374: 704-711.

3)短期の予後予測の指標

BODEや ADOなどを用いての 4,5年あるいは 3年の長期の予後予測法は確立してい

る。しかし、在宅医療で必要なより短期の予後の予測(半年~2,3ヶ月)は確立して

いない。

(1)Hansenらの指標

Hansen-Flaschenは、以下の条件を多く持つ人は、1年以内に死亡する高リスク群であ

ると報告した。

①FEV1.0が予測一秒量の30%未満、

②日常生活動作能力低下 ~数歩しか歩けない状態~

③1回以上の緊急入院の既往、

④右心不全および/または他の慢性疾患の同時罹患、

⑤高齢者であること、

⑥抑うつ気分、

⑦未婚であること

(2) 米国のホスピス緩和ケア協会(NHPCO)の指標

米国のホスピス緩和ケア協会(NHPCO)では、医師が予後半年と判断する基準として、

以下の項目を予後予測判断基準として挙げている。

①安静時の呼吸困難

②一秒率30%未満

③気管支拡張薬の反応不良

④ベッドからの移乗困難

⑤頻回の救急受診

⑥一秒量低下が40ml/年

⑦肺性心・心不全

⑧酸素投与下での低酸素血症

⑨PaCO2が50Torr以上

⑩安静時心拍100以上

⑪6ヶ月以内に10%以上の体重減少

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59

メディケアのデータでも、呼吸器疾患は認知症に次いでホスピスの利用期間が長い。

我々の「非がん疾患研究」でも、他の疾患群の 6割が予後数日~2,3週間の予後予

測であったのに対し、呼吸器疾患は半数の例で 1カ月から数ヶ月の予後予測を行ってい

た。また、主治医は末期の呼吸器疾患の予後を、疾患の自然経過(90%)、全身状態(70%)、

延命治療中止の意思(50%)、検査データ(40%)、治療の反応性(20%)の順で重視して判

断していたが、他の非がん疾患と比較して、延命治療中止の意思と検査データを参考に

している傾向にあった。

4)在宅での予後予測の実際

呼吸器疾患の最期は急速に悪化するため、その直前の徴候を確実にとらえることは容

易ではない。

「非がん疾患研究」では、在宅で死亡した呼吸器疾患 17 例のうち、最期の 1 週間に

出現した 19 の症状について調査したところ、呼吸困難 100%、喀痰 76.5%、食思不振

70.6%、嚥下障害 58.8%の順に多かった(ADLの低下は調査していない)。

経験的にも、呼吸器疾患で死が数日に迫った時期には、安静時の呼吸困難、食事量の

急速な低下、ADLの低下、意識の変容(譫妄など)が見られることが多い。このことか

ら、これらの項目が含まれている主にがんの予後予測指標として用いられている

Palliative Prognostic Index(PPI)や Palliative Prognostic Score(PPS)などが COPD

末期の予後予測に利用できる可能性がある。

Palliative Prognostic Score(PPS)

臨床的な予後の予測

1 ~ 2 週 8.5食欲不振

あり 1.5

3 ~ 4 週 6.0 なし 0

5 ~ 6 週 4.5呼吸困難

あり 1.0

7 ~ 10 週 2.5 なし 0

11 ~ 12 週 2.0白血球数(/mm3)

>11000 1.5

> 12 週 0 8501 ~ 11000 0.5

KarnofskyPerformance Scale*

10 ~ 20 2.5 ≦ 8500 0

≧ 30 0 リンパ球(%) 0 ~ 11.9 2.5

•普通の生活・労働が可能,特に介護する必要はない(100)から危篤状態(10点)までで評価

12 ~ 19.9 1.0

≧ 20 0

得 点 30 日生存確率 生存期間の95%信頼区間

0 ~ 5.5 点 > 70% 67 ~ 87 日5.6 ~ 11 点 30 ~ 70% 28 ~ 39 日

11.1 ~ 17.5 点 < 30% 11 ~ 18 日

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60

Karnofsky Performance Scale

普通の生活・労働が可能。特に介護する必要はない 1009080

労働はできないが、家庭での療養が可能。日常生活の大部分で症状に応じて介助が必要

706050

自分自身の世話ができず、入院治療が必要。疾患がすみやかに進行している

動けず、適切な医療・介護が必要 40全く動けず、入院が必要 30入院が必要。重症、精力的な治療が必要 20危篤状態 10

Palliative Prognostic Index(PPI) Palliative Performance Scale*

10 ~ 20 4

30 ~ 50 2.5

≧ 60 0

*正常の活動が可能で症状なしの100点~常に臥床/傾眠または昏睡の10点

経口摂取量 著明に減少(数口以下) 2.5

中程度減少 (減少しているが数口よりは多い) 1

正常(消化器閉塞のため高カロリー輪液を施行している場合は0点) 0

浮腫 あり 1

なし 0

安静時呼吸困難

あり 3.5

なし 0

せん妄 あり (原因が薬物単独,臓器障害に伴わないものは含めない) 4

なし 0

合計得点が6より大きい場合、患者が3週間以内に死亡する確率は感度80%、特異度85%、陽性反応適中度71%、陰性反応適中度90%

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61

Palliative Performance Scale

起居 活動と症状 ADL経口摂取

意識レベル

100

100%起居している

正常の活動が可能症状なし

自立

正常

清明

90 正常の活動が可能いくらかの症状がある

いくらかの症状はあるが努力すれば正常の活動が可能80

正常or減少

70 ほとんど起居している

何らかの症状があり通常の仕事や業務が困難

明らかな症状があり趣味や家事を行うことが困難時に介

助60清明or混乱50

ほとんど座位過横たわっている

著明な症状があり、どんな仕事もすることが困難

しばしば介助

40 ほとんど臥床ほとんど介助 清明or

混乱or傾眠

30

常に臥床 全介助

減少

20 数口以下

10 マウスケアのみ

傾眠or昏睡

また、英国で開発された看取りのパスである liverpool care pathway (LCP)の開

始基準に、安静時呼吸困難を加味すると、COPD の看取り間近の指標として有用かもし

れない。

liverpool care pathwayのパス開始基準

患者が治療チームにより、現在の症状について、可能性のある改善策を考慮しつくして

いる上で、予後が数日であると判断された場合に、次の条件による適用を判断する

適用条件

1 患者が寝たきり状態である 3 ごく少量の水分しか口にできない

2 半昏睡/意識低下が認められる 4 錠剤の内服が困難である

*4項目中 2項目以上があてはまれば、パスを発動する

以上をもとに、在宅の現場で用いる呼吸器疾患の終末期の判断基準案を作成した。

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62

末期呼吸器疾患の判断基準(案)

【医学的条件】

1 呼吸不全のターミナルであること

①基礎疾患の性質:進行性の疾患で、回復の見込みがない

②呼吸困難:普段から安静時の強い息切れがあり、気管支拡張薬、ステロイド、抗菌薬治

療に反応しない状態であること。

③ADL:移動の障害(室内をゆっくり数歩ずつしか歩けず、外出が困難な状態)

④栄養:極度のやせ(栄養障害、カヘキシー、6か月間に 10%以上の体重減少)

他に原因のない食思不振がある。

⑤入院歴等:急性増悪などにより入院治療歴があること/頻回な救急の受診がある

⑥参考データ:

* 1秒率 30%未満(既に測定してある場合のみ)

* 安静時の脈拍数が 100以上

* 肺性心、右心不全の存在(左心不全、弁膜症を除外)

心エコーで確認することが望ましい。心エコーで確認できない場合は、心電図、胸部 X線撮影、

身体所見から総合的に判断する。

* 十分な酸素投与下(経鼻カニュレで5ℓ/分、1、FiO2にして約 40%)で動脈血

酸素分圧(Pa02)55mmHg以下、経皮的酸素飽和度(SPO2)が 88%以下である

* 高炭酸ガス血症の存在;動脈血二酸化炭素分圧(PaC02)が 60mmHg以上

平原佐斗司作成

2 増悪の原因が治療に反応しがたいと予測されること

原因が抗生物質やステロイドなどの治療に反応しない

基礎疾患の性質が治療に反応しない

3 在宅医療においても症状の緩和をはかることが可能であること

【社会的条件】

1 患者が急性増悪時に気管切開や気管切開下の人工呼吸を行わない、あるいは BiPAP

も含めた在宅人工呼吸療法を行わないという明確な意思がある。現在これらを行って

いる場合は、今以上積極的な治療を行わないという意思が確認できる。

2 患者が在宅治療の継続を希望している。

3 家族が患者の意思を尊重して、その希望を認めている。

著者作成

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63

3 COPD 患者の延命治療の選択

図は「COPDの診断と治療のガイドライン」にある COPDの管理法についてのまとめで

ある。病気の進行にともない、酸素や人工呼吸、外科療法などの選択肢があげられてい

る。

在宅酸素療法や長時間作用性抗コリン薬の基本的薬剤の使用の延命効果も含めた有

効性は確立しており、非侵襲的治療であるため、ほぼ全例で行われるべきである。これ

らの基本的治療がされているかどうかの検討がまず必要である。

管理法

管理目安

疾患の進行

喫煙習慣 軽症 → → → → → → → → → → → 重症

FEV1の低下 Ⅰ期 Ⅱ期 Ⅲ期 Ⅳ期

呼吸困難・運動能力の低下、繰り返す増悪症状の程度

禁煙・インフルエンザワクチン・全身併存症の管理

必要に応じて短時間作用性気管支拡張薬

呼吸リハビリテーション(患者教育・運動療法・栄養管理)

外科療法

換気補助療法

酸素療法

吸入ステロイドの追加(繰り返す増悪)

長時間作用性抗コリン薬・β2刺激薬の併用(テオフィリンの追加)

長時間作用性抗コリン薬(または長時間作用性β2刺激薬)

安定期COPDの管理

COPD診断と治療のためのガイドライン第3版(2009年)より

COPD の末期の延命治療として、我が国では実質的に肺移植の選択肢はない。そのよ

うな中で、検討すべき延命治療は、外科療法と換気補助療法(人工呼吸器)の二つである。

1)外科療法

Lung Volume Reduction Surgery (LVRS)は、ダメージを受けている肺の部分がまとま

っていることや腹式呼吸などが十分できるだけの体力があること、75 歳以下であるこ

となど、それ以外にも様々な条件がある。

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64

Lung Volume Reduction Surgeryの適応と禁忌

LVRSの適応 LVRSの禁忌

原則的に 75歳以下 肺高血圧症

適切な内科治療がなされているにもか

かわらず、安静時あるいは労作時呼吸困

難がある肺気腫患者(Hugh-Jones III

度*以上)

収縮時動脈圧>45mmHg あるいは平均肺動脈圧

>30mmHg

過膨脹が著明 コントロール困難な気管支喘息の合併

不均一性の肺気腫(ブラの有無は問わな

い)

著名な胸膜癒着、開胸術後(気胸の術後は相

対的禁忌)

呼吸リハビリテーションに参加できる 気管支拡張症、肺炎の合併

3ヶ月以上の完全禁煙 喫煙者

高炭酸ガス血症(PaCO2>60mmHg)

肺以外の重篤な臓器障害の合併

*HJⅢ度は「健常者なみに歩けないが、自分のペースで 1km(または 1 マイル)程度の歩行が可能」な状態。

我が国の COPD 患者は、欧米の COPD 患者に比べ約 10 歳高齢で、様々な合併症を持つ

患者が多い。さらに、ADL や全身状態が悪い訪問診療を行っている COPD 患者について

は、ほとんどが外科療法(LVRS)の医学的適応から外れると予想される。

例外的に LVRS など外科的治療の適応の可能性がある場合は、少なくとも CT を行い、

病変の分泌等を評価して、医学的適応について判断する。

2)換気補助療法

慢性呼吸不全に対する NPPV については、肺結核後遺症や後側弯症などの胸郭性拘束

性換気障害(Restrictive Thoracic Disease:RTD)については比較的大規模な仏英の

コホート研究で有効性が明白であり、比較試験が困難な状況である(ランク C)。 また、

RTDでは、睡眠の質が改善すること、肺高血圧が改善すること(COPDでは改善しない)、

吸気筋力や下肢の筋力が増加することがいわれており、生命予後だけでなく QOLの向上

も期待でき、患者の満足度も高い。

一方、COPD急性増悪時への NPPVの効果は、挿管回避率 74%~95%と各種ガイドライ

ンでもエビデンスのランクAとされているが、安定期の長期的な効果は明らかでない

(長期酸素療法 LTOTとの比較対照試験で予後などの効果は明らかではない;ランク C)。

COPD慢性期への NPPVの適応基準を以下に示す。

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65

慢性期 COPDへの NPPVの適応基準

①最大限の包括的内科治療を行っていること

前提条件 ②導入 3~4カ月後に血液ガス検査、睡眠時呼吸状態・QOL、NPPV の

コンプライアンス評価を行い、継続の必要性を評価することが必要

下記1、あるいは 2に示すような自他覚症状があり、3の①~③のいずれか

を満たす場合

1 呼吸困難感、起床時の頭痛・頭重感、過度の眠気などの自覚症状があ

る。

2 体重増加、頚静脈の怒張・下肢の浮腫などの肺性心の徴候

①PaCO2≧55mmHg

②PaCO2<55mmHg であるが、夜間の低換気による低酸素血症を認める

症例。夜間の酸素処方流量下に終夜 PSG あるいは SPO2 モニターを実

施し、SPO2<90%が 5 分間以上継続するかあるいは全体の 10%以上

を占める症例。また、OSAS 合併症例で、nCPAP のみでは夜間の無呼

吸、自覚症状が改善しない症例。

COPD に対

する NPPV

の適応条

③安定期では PaCO2<55mmHg であるが、高二酸化炭素血漿を伴う急

性 増悪入院を繰り返す症例。

《慢性呼吸不全に対する非侵襲的換気療法ガイドライン 非侵襲的換気療法研究会》

呼吸器疾患で、気管内挿管、気管切開、気管切開下人工呼吸療法(tracheotomy

positive pressure ventilation;TPPV)の適応は、人工呼吸補助を必要としている状

況で、① NPPV など他の非侵襲的方法の適応のない場合、② あるいは気道分泌物の

喀出困難で肺理学療法やカフアシストなどの他の方法でコントロールが困難な場合で

あり、呼吸器疾患の医学的適応はかなり限定されるようになってきている。

4 意思決定の支援

慢性期の状態で上記適応基準を満たす場合においては、治療法の選択肢として NPPV

について説明を行う。 NPPV については具体的な説明が必要であるが、迷っている場

合には、NPPVを実際に見て、体感してもらった上で判断するとよい。

また、急性増悪する可能性の高い状態の場合、事前に急性増悪時に NPPV を行うかど

うか、挿管、気管切開、人工呼吸まで行うかどうかについて話をしておく。

急性増悪時に気管内挿管、気管切開については、治療法の一つとして説明する必要が

あるが、その侵襲性の高さから、実際選択する患者は極めて少ない。

在宅の高齢 COPD患者では、このような説明を行っても、患者と家族の意思で NPPVを

選択しないこともある。

この場合、最善の標準的治療(薬物療法を含めた包括的呼吸リハビリテーション)を

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行ったうえで、最大の苦痛である呼吸困難に対するモルヒネの積極的使用など緩和ケア

(苦痛をとる治療)を最期まで行うことを約束しておく。

このような意思決定は、状態が変わるごとに患者および家族に確認することが必要で、

決定したことはいつ変えてもよいことを必ず伝えておく。

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67

E 慢性心不全

1 慢性心不全の自然経過と軌道モデル

1)慢性心不全の自然経過

慢性心不全は、慢性のまま経過するわけではなく、経過中に何度か急性増悪を経験す

る。急性増悪によって、心筋細胞は大きなダメージをうけ、心機能は急激に低下する。

急性期を脱すると、心機能は部分的に回復するが、次に急性増悪を起こすと、さらに一

段と心機能は低下する。このように、慢性心不全は、慢性期の状態と急性心不全の状態

を繰り返しながら、進行性に悪化するという経過をたどる。そのため、心不全患者は入

退院を繰り返すことが多い。

心不全の自然経過では、不整脈死などの突然死の発生や予測できない急性増悪が稀で

はないことが最大の特徴である。また、心不全では、標準的治療がなされていたかどう

かによって、予後が異なることも大きな特徴である。診療ガイドラインを遵守し、標準

的治療がなされているかどうかには、施設間でかなりばらつきがみられる可能性がある。

以上の理由から、心不全の予後の予測は極めて困難な課題となっている。

2) 慢性心不全の軌道モデル

心不全の軌道の特徴は、急速な悪化をきたして、再入院することが多い。入院中の治

療で改善し、在宅生活を過ごすということを繰り返しながら、状態は変動しながら緩や

かに機能が低下していく。

慢性心不全疾患モデル

機能

急性増悪

急性増悪入院

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慢性心不全の軌道の最大の特徴は、急変と突然死がいつでもありうるということであ

る。前日に診察して、安定していると判断しても、翌日に急変することがありうる。心

室細動などはその場で認識しないかぎり、死につながることが多く、たとえ心不全が悪

化してなくても、不整脈による突然死がおこりうる。

2 慢性心不全の予後予測の指標

1) 心不全の予後予測指標に関する文献レビュー

心不全の予後予測の指標には、6分間歩行試験、最大酸素摂取量、BNP値、クレア

チニン値など一つの項目からなる単純な指標、複数の項目を組み合わせた複雑な指標が

提案されている。それぞれの指標に強みと弱みがあり、現在まで確立されたものはなく、

現状では予後6カ月の確実な予測は困難であると言われている。

(1)Seattle Heart Failure Score

Seattle Heart Failure Score は年齢、NYHA Class、体重、EF(ejection fraction)、収

縮期血圧、虚血性心疾患の有無などをチェックした上で、ACE 阻害薬、βブロッカー、

ARB,スタチン、アロプリノール、抗アルドステロン薬等の治療薬、Hb、リンパ球(%)、

尿酸、総コレステロール、Na、心電図(QRS>120msec)等の検査データなどを入力する

と、1 年生存率、2 年生存率、5 年生存率と平均生存期間が算出される。また、様々な

インターベンションを行うことで、これらの予後指標がどのくらいかわるかも算出され

る。Seattle Heart Failure Scoreはホームページ

(http://depts.washington.edu/shfm/about.php)より利用できる。

Circulation 2006;113:1424-1433

(2)ADHERE

ADHERE(Acute Decompensated Heart Failure National Registry)risk tree は、

急性心不全の入院中の死亡率を予測するために用いられる。ADHERE は 65275 名

(derivation cohort33046 名、validation cohort32229 名)の入院の記録にもとづき

作成されたものである。Seattle Heart Failure Scoreより包括的ではないが、簡便で

あるためベッドサイドでは用いやすい。

収縮期血圧 入院中の死亡 BUN

値 Cre値 derivation cohort validation cohort

収縮期血圧≧115mmHg 2.14% 2.31% BUN<43

㎎/dl 収縮期血圧<115mmHg 5.49% 5.67%

収縮期血圧≧ 115 mm Hg 6.41% 5.63%

血清 Cre< 2.75 mg/dl 12.42% 13.23%

BUN ≧

43

mg/dl

収縮期血圧

<115mm Hg 血清 Cre≧2..75 mg/dl 21.94% 19.76%

JAMA 2005 Feb 2;293(5):572

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(3) Heart Failure Risk Scoring System

Heart Failure Risk Scoring Systemは、急性期病院に入院後の予後予測モデルであ

る。心不全症状で急性期病院に入院した患者を対象に,入院から 30 日後と 1 年後の死

亡率を予測している。

Heart Failure Risk Scoring System

No. of Points Variable

30-day Score 1-Year Score

Age. y +Age(in years) +Age (in years)

Respiratory rate,min (minimal

20;mazimum45)

+Rate(in years) +Age(in years)

Systolic blood pressure,mmHg≧180 -60 -50

160-179 -55 -45

140-159 -50 -40

120-139 -45 -35

100-119 -40 -30

90-99 -35 -25

<90 -30 -20

BUN(maximum,60mg/dl) +Level(in mg/dl) +Level(in mg/dl)

Na <136mEq/L +10 -10

脳血管障害 +10 -10

認知症 +20 +15

COPD +10 +10

肝硬変 +25 +35

がん +15 +15

Hb<10.0 g/dl NA +10

上の表によって、スコアを計算し、以下のように判定する。

スコアと 30日後、1年後の死亡率

合計点数 30日後の死亡率 1年後の死亡率

60点以下 0.4% 7.8%

61-90点 3.4% 12.9%

91-120点 12.2% 32.5%

121-150点 32.7% 59.3%

151点以上 59% 78.8%

JAMA 2003Nov 19;290(19):2581

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(4) 7 item risk score

平均年齢 79歳の高齢者 282例の心不全例 14年間の前向き研究で、269例(95%)は死

亡し、平均生存期間は 894日であった、

①年齢>75歳、②Na<135、③冠動脈疾患、④認知症、⑤末梢性血管疾患、⑥収縮期

血圧<120mmHg、⑦BUN≧30㎎/dlの各項目を 1点とすると、以下の表のように生存率

が予測される。

患者数 6カ月の死亡率 1年の死亡率 5年の死亡率

0-1ポイント 89名 8% 9% 57%

2-3ポイント 153名 10% 22% 79%

4-7ポイント 137名 59.5% 73% 100%

Arch Intern Med 2006Sep 25;166(17):1982

(5) 単独の指標

① BNP

19 の研究のレビューによると、BNP の 100pg/ml の増加は、35%の死亡率増加につな

がる。

BMJ 2005 Mar 19;330(7492):625

在宅患者においても、BNP値 500 pg/ml以上ではかなり悪く、1000以上では極めて悪

い状態といえる。また、最善の治療を行っても、BNP値が改善しない、あるいは上昇す

る場合は予後不良である

利尿薬投与では心負荷が軽減される結果,心不全の改善効果以上に BNP値が低下する

ことがあること、また,逆にβ遮断薬導入直後にはBNP値が上昇すること、心房細動

の合併によって 100や 150上がってしまうので注意を要する。また、BNPは、採血から

時間がたつと不正確となりやすくいので、注意を要する。従って、BNP値のみで治療効

果を判定することは避け、総合的に判定すべきであろう。

② 腎機能(クレアチニン、BUN)

心不全に合併する腎不全は、近年心腎症候群として注目されている。急性心不全の

30%に腎不全が合併しており、入院時の BUNとクレアチニンは、院内死亡の強い因子で

あった。

2)米国ホスピスの基準

(1)The National Hospice and Palliative Care organization(NHPCO)のホスピス

導入基準

安静時にうっ血性心不全の症状があり(NYHA 分類でクラスⅣ)、駆出率(EF)が 20%

未満、利尿薬や血管拡張薬、ACE阻害薬が最適に使用されている条件下で、薬剤の極

量をもってしても心不全症状が改善しないこと、不整脈、失神発作、心停止の既往、

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脳血管障害の合併等が挙げられている(表)。

(2)Hospice Eligibility(米国)

① 安静時の心不全症状(NYHA classⅣ)

② 利尿剤の使用と後負荷軽減などの最適な治療が行われている

③以下の事柄が死亡率の増加を予測するのを助ける

*症状のある上室性、心室性の不整脈

*心停止の既往、

*原因不明の失神

*心源性脳卒中、HIV疾患の併存

*EF(ejection fraction)≦20%という指標は有効だが、必ずしも必要ではな

い。

3)心不全の末期の判断

心不全は、疾病の治療が最適であったかどうかによって予後が変わるため、治療内容

との関連をぬきにしては末期の診断が難しい。また、前述したように、予測できない急

変が起こりうることも心不全の予後予測を困難にしている。

心疾患の臨床的予後決定因子(NHPCO)

Ⅰ 再発性うっ血性心不全の症状(安静時)

A. ニューヨーク心臓協会分類(NYHA分類)でクラスⅣ

B. 駆出率(EF)が 20%未満(既に測定してある場合に用いる)

Ⅱ 利尿薬、血管拡張薬、ACE阻害薬が最適に使用されている条件下で

A. 利尿薬、血管拡張薬の極量をもってしても心不全症状が改善しない。

B.「最適な治療」とは、血管拡張薬の適応除外は腎不全や低血圧など合理

的な理由に基づかなくてはならない。

* 新しい血管拡張作用を有する遮断薬(カルベジロール;アーチスト○R )は、心不

全の重症化の改善や生命予後の改善の報告があるが、このガイドラインの

時点では最適な治療には含まれていない。

Ⅲ 上記の最適な治療にもかかわらず再悪化した心不全のさらなる悪化因子

で、ホスピスヘの移行の妥当性を担保する項目は

A. 治療抵抗性で上室性あるいは心室性不整脈による症状が強い。

B. 心停止や心肺蘇生の既往

C. 原因不明の意識喪失の既往

D. 心原性脳塞栓

E. HIV感染症の合併

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心不全の末期というためには、適切なアセスメントと適切な治療がされているかどう

かが前提であり、標準的な治療を行っても、安静時の息切れや ADLの低下などが出現し

ている場合は末期と考えることができる。

在宅医療でも、循環動態をある程度正確にとらえ、病態を把握することがなければ、

標準的な治療を行うことは困難である。そのためには在宅での BNP 値測定に加えて、少

なくとも心臓超音波検査が必要なことが多い。入院治療を選択しない患者で、病態をあ

る程度把握しながら、在宅で可能な治療(利尿薬等の薬剤治療が中心)を行っても、安

静時に呼吸困難など心不全末期の症状が出現し、それ以上の治療の方法がないときに末

期であると判断している。ただし、心不全では、最期の瞬間が近づいているということ

はわかるが、今日看取りということまではわからないことが多い。

また、在宅患者の心不全の特徴としては、他にいろいろな併存疾患をもっており、そ

の中で予後を決定的にする因子として、心不全症状が顕在化する場合が多い。そのため、

他の併存疾患の評価も同時に行う必要がある。

3 慢性心不全患者の延命治療の選択

1)延命治療の選択の可能性

唯一の根治治療である心臓移植の適応は、主に 20代、30代であり、基本的には高齢

者は対象にならない。

在宅患者の心不全末期の患者への治療としては、在宅で行われる亜硝酸製剤や利尿薬、

βブロッカー、(カルベジロール;アーチスト○R)、ACE阻害薬など標準的な治療に加え

て、入院管理(時に外来点滴治療)を行い、心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)、ホ

スホジエステラーゼ(PDE)-Ⅲ阻害薬(オルプリノン塩酸塩水和物;コアテック○R等)

カテコラミン製剤等の点滴治療を集中的に行うかどうかを検討する。

急性心不全に対するカテコラミン(ドブタミン等)の使用は、ADHERE の 15230 例の

解析より、ドパミン、ミルリノンを投与した患者群はニトログリセリン、ネシリチドを

投与した例より院内死亡が高く、最近ではカテコラミン製剤は、血圧の低下、臓器灌流

障害のある時のみに使用すべきとされ、その使用率は徐々に低下している。しかし、個

別の状況に応じて、特に血圧低下が著しい急性増悪例には使用されている。

また、ナトリウム利尿ペプチド(ネシリチド、カルペリチド;ハンプ○R)等の使用に

ついては、症状を緩和させ、循環動態を改善する可能性があるが、長期予後の効果は不

明である。

現在のところ、末期心不全の急性増悪についての入院での治療効果は、確実に延命効

果があるとはいえないかもしれない。

デバイスの選択や特殊な治療の選択も、ケースによっては検討する必要がある。

不整脈死を予防するための植え込み型徐細動器については、終末期では徐細動器の適

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応はない。大動脈弁狭窄症(AS)では、弁形成術(カテーテル治療)が今後普及してく

ると、今まで適応がなかった人の中で、より早い段階で選択肢として提示する必要がで

てくるかもしれない。

中枢性無呼吸の合併に対して、NPPV 等が用いられるが、末期に至って導入を検討す

ることはないであろう。尚、中枢性無呼吸に関して、夜間在宅酸素の有用性について確

実なエビデンスはない。

前述したように、在宅心不全患者は、純粋に心不全のみが問題というよりは、様々な

全身疾患を併発しているケースがほとんどで、このようなデバイスを用いた治療はほと

んどの例で実施困難である場合ある多い。

4 心不全患者の意思決定の支援

前述のように心不全に対してどこまで治療を行うか、具体的には急性増悪時に入院治

療を行うかどうかについて、患者の意向を中心に家族も含めて十分な話会いが必要であ

る。

また、急な心停止が起こりうるため、そのような場合、どこまで治療を行うかについ

て、蘇生措置拒否(Do Not Resuscitate;DNR)も含めて、十分な話会いを行っておく

必要がある。

在宅の心不全末期の患者は、ほとんどが 80 歳以上の高齢者であり、前述のように他

の併存疾患や合併症も多く、多くの場合、入院治療を希望しない場合が多い。

このような場合でも、在宅で可能な適切な心不全の治療は、症状緩和のためにも継続

することを説明し、必要に応じて呼吸苦に対する在宅酸素療法やモルヒネの使用など積

極的な緩和ケアを行うことを説明する。

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F 腎不全

1 腎不全の自然経過と軌道モデル

1) 慢性腎臓病の自然経過と病期

慢性腎臓病の病期は、次の 5段階に分かれている。在宅高齢者の多くは腎不全を有し

ているが、管理が必要なのはステージ 3以上である。ステージ 4以上では透析に向けて

の準備が必要になり、ステージ5では、透析導入基準について判断するなど透析の具体

的な準備に入るか、何らかの理由で透析を選択しない場合は終末期の緩和ケアと看取り

の準備に入ることになる。

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2) 腎不全の末期とは

慢性腎臓病 CKDのステージと診療計画

ステージ

(病期) 説明

推算 GFR値

mL/min/1.73m2 診療計画

0

慢性腎臓病には至

っていないがリス

クが増大した状態

≧90(CKDのリスク

ファクターを有する

状態で)

CKDスクリーニングの実施(アルブミン尿など)、

CKD危険因子を軽減させる治療。

1

腎障害は存在する

が、GFRは正常ま

たは増加

≧90 上記に加えて、CKD進展を遅延させる治療、併発疾

患の治療、心血管疾患のリスクを軽減する治療

2 腎障害が存在し、

GFR軽度低下 60~89

生体の恒常性はほぼ正常に維持されており、無症

状である。上記に加えて、慢性腎臓病の進行度の

評価を行う。生活習慣の改善などの予防や生活習

慣病の管理が重要である。

3

腎障害が存在し、

GFR中等度低下 30~59

尿濃縮機能の低下、軽度の高窒素血症、軽度の貧

血を認める。上記に加えて、CKD合併症を把握し、

治療する(高血圧、貧血、続発性上皮小体機能亢

進症など)。これらによって進展を阻止すること

はできないが、きちんと管理すれば進行を引き延

ばすことができる。

4 腎障害が存在し、

GFR高度低下 15~29

この時期になると腎不全は確実に進行する。高窒

素血症、等張尿、夜間尿、代謝性アシドーシス、

低 Ca血症、高 P血症、低 Na血症など、血圧の上

昇、食欲低下など多彩な症状が出現。ADLが低下し、

寝たきりとなる患者も多くなり、筋肉量が減るた

め、血清クレアチニン値は上昇しなくなることがあり、

病状の進行は BUN等で判断する(BUN≧70㎎/dl

以上で透析必要)。血圧の管理が重要で、利尿薬で

利尿をつける。透析又は移植の準備の時期。

5 腎不全・透析期 <15

多彩な症状(尿毒症症状)が出現し、放置すれば、

予後数カ月から 1年前後で死に至る。(eGFR 10

以下となると、2カ月から 22カ月、平均生存期間

は 11カ月)。透析導入基準 60点以上で透析の検討。

※透析患者はすべて 5D に分類、移植患者は各々のステージに T をつけて、T,1T,2T,3T,4T,5T とす

る。

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腎不全は、悪性腫瘍、心疾患、脳血管障害、肺炎、不慮の事故、自殺、老衰に次いで、

我が国の死亡原因の第 8位である。

慢性腎臓病(CKD)では、腎機能が低下した時、透析という延命治療や腎移植といっ

た根治治療の選択肢がある。しかし、後述するように我が国では在宅患者に対しての腎

移植の適応はほとんどなく、実際には透析を選択するか否かの判断となる。

腎不全の末期は、「何らかの理由で透析を施行しない場合(非導入)で、死が避けら

れない徴候が出現している時期」を指す場合と、「透析を実施している患者が、合併症

の出現や何らかの理由で透析継続が困難となる時期」を指す場合がある。通常、在宅医

療では、認知症など合併のために、透析を行わない(非導入)という選択をし、末期腎

不全の緩和ケアが提供されるという場面に遭遇することが多い。

3) 腎不全の軌道モデル

透析を行わない腎不全の末期は、検査データから確実に近い将来の死を予測できると

いうことや内臓疾患のために最期の数週間で急速に全般的機能が低下するということ

から、Lynn の終末期の軌道のモデルのうち、末期がんのモデルに近いと考えられてい

る。

しかし、透析を行った場合は、合併症が発生したり、透析実施困難となるまで生存可

能であり、基礎疾患等にもよるが、同年代の平均余命の半分迄生存することは期待でき

る。透析実施中の患者の終末期についても、合併症の発生、透析実施困難ともに、急速

に出現することが多く、最期は急速に機能が低下することが多い。

腎不全モデル

透析の選択

透析非導入

機能 透析導入

心血管死、感染症脳血管障害、透析維持困難

2 腎不全の予後予測の指標

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日本透析学会の調査(2006 年)によると、透析非導入を経験した医師は 18%、透析

非導入を経験した施設は 40%であった。

治療の協力を得られない場合は透析を実施できないことが多いとされているが、実際

薬剤を使っての透析や拘束を必要とする場合は、基本的には適応にはならない。透析回

避の実際の要因としては、認知症の合併が多いと推定されている。

1)透析導入と非導入の決定

(1)透析非導入の基準

透析非導入についての基準については、国際的には Hirshの提言が知られている。

医師が患者の家族に維持透析の“適応がない”と告げるべき状況

1 腎不全を原因としない認知症が存在する。

2 転移性癌または切除不能の固形癌が存在する。

3 治療に反応しない造血器の悪性腫瘍。

4 非可逆性の肝障害、心障害、呼吸器障害で臥床を強いられ、日常生活に介助者を

必要とする。

5 非可逆性の神経障害のために身体活動ができない(高度の脳卒中、無酸素性脳症)

6 生存が期待できない多臓器不全

7 透析操作を行うために鎮静操作または抑制操作を必要とする。

Hirsh,D,J et al AM.Kidney Dis. 1994;23:463-466

また、我が国の指標としては、大平私案が知られている。

「透析に導入しない選択」時の指針(大平)

1 透析の施行が極めて危険か困難で予後を改善しないと予測される病態(重度の心

肺不全による持続的低血圧など)

2 慢性腎不全に関わるか否かを問わず、致命的で回復不能か苦痛に満ちた合併症が

一定期間以上継続している病態(末期癌など)

3 透析療法を患者に説明し理解したうえで、上記の病態下での透析の開始を患者自

身が明確に拒否する場合

4 意思表明能を欠く患者にあっても、1)2)の病態下での透析開始を拒否する旨

の事前指示(書)が存在する場合。

5 上記の1)2)等を主体に周辺諸条件を加味して、透析導入の判断を行う担当医

は、その最終決定を複数の医師で行うべきこと

6 患者―家族―医師の間で意見が調整できない場合には、慎重を期してセカンド・

オピニオンを得るように患者側に伝えるべきこと

Hirsh の基準と大平の基準との違いは、Hirsh の基準には認知症(腎不全が原因でな

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い)がはいっていることである。

大平らによると日本では、透析中止について事前の意思表示が存在したケースは 30%

という。この時点で透析非導入の意思決定がなされた場合、腎不全の末期として終末期

の緩和ケアが提供される。

2) 慢性腎不全の透析導入基準

透析導入を決定した場合は、透析の方法についての十分な説明を行い、透析準備のた

め透析専門医への紹介が必要となる。

慢性腎不全透析療法導入基準

血清クレアチニン mg/dL (クレアチニンクリアランス ml/分)

8以上 (10未満) 30点

5~8未満 (10~20 未満) 20 点

I.腎機能

3~5未満 (20~30未満) 10 点

1.体液貯留(全身性浮腫、高度の低蛋白血症、肺水腫)

2.体液異常(管理不能の電解質、酸塩基平衡異常)

3.消化器症状(悪心、嘔吐、食欲不振、下痢等)

4.循環器症状(重篤な高血圧、心不全、心包炎)

5.神経症状(中枢・末梢神経障害、精神障害)

6.血液異常(高度の貧血症状、出血傾向)

II.臨床症状

7.視力障害(尿毒症性網膜症、糖尿病性網膜症)

これら1~7小項目のうち

3項目以上のものを高度

(30点)、2 項目を中等

度(20 点)、1 項目を軽

度(10 点)とする。

尿毒症症状のため起床できないものを高度 30点

日常生活が著しく制限されるものを中等度 20 点

III.日常生活

障害度

通勤, 通学あるいは家庭内労働が困難となった場合を

軽度 10 点

I~III項目の合計点数が原則として、60 点以上になった時に長期透析療法への導入適応とする。

**年少者(10 歳以下)、高齢者(65歳以上)、高度な全身性血管障害を合併する場合、全身状態が

著しく障害された場合等はそれぞれ 10 点加算。

一方、透析非導入を決めた場合は、この慢性腎不全透析療法導入基準を満たした場合

が腎不全の末期といえる。

3) 末期腎不全(透析非導入例)の予後予測

(1)透析非導入例の予後予測

透析非導入の場合は、終末期であるかどうかは、概ね血液データで判断できる。

腎機能の検査値から、腎機能の悪化の速度と透析必要な時期(あるいは末期)にいた

るまでの期間を推定することができる。縦軸にクレアチニンの逆数(1/Cr)を、横軸

に時間をとる。1/Crを計算し、グラフ上にプロットし、グラフのカーブに沿って線を

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引き、1/Crが 1/8から 1/10と交わる時期がおおよその透析開始時期となる。

透析非導入例の予後についてはいくつかの報告がある。

CKD患者 73名(平均 eGFR12ml/min(4~31ml/min、DM病性 28%、40~93歳)の 1年

生存率は 65%、予後中央値は 1.95年であった。

Wong CF et al Renal Failure 29:653-659,2007

また、腎不全死亡患者(19 例)の eGFR が 10ml/min 以下となった後の生存期間は、

1カ月から 22カ月、平均生存期間は 11カ月であったという報告もある。

Burns A et al J Palliative Med 10:1245-1247,2007

これらのデータから、少なくとも eGFRが 10ml/minを切る前に、透析導入・非導入の

意思決定がなされていなければならない。

米国のホスピスの導入基準では、末期の診断基準として、以下の 5点が挙げられてい

る。

ホスピス導入基準(米国)

① クレアチニン・クリアランス<10cc/分(<15cc/分、糖尿病性腎症)と血清 Cr

>8(>6、糖尿病性腎症)

② 尿毒症に関連した症状と徴候

③ 乏尿

④ 難治性水分過負荷

⑤ 透析をしない

このように、透析を選択しない腎不全の場合、血液データを中心に、予後が予測できる。

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80

(2) 透析非導入の末期腎不全の症状

末期腎不全の症状は多様である。その主たる症状は、水分貯留による肺水腫、低酸素

血症、心不全などで、利尿剤投与で反応しない場合(溢水)となると、透析以外に方法

はない。これらの結果として、症状の出現としては、呼吸困難が多い

また、老廃物がたまるために、食事がとれない、嘔気等の症状が出現する。骨の痛み

(リンの上昇、関節炎、異所性石灰化、易骨折性)等の痛みが出現する。他にも、体の

かゆみ、出血傾向、貧血、易感性等の諸症状が出現する。

より、短期間の予後予測については、透析非導入では、無尿がみられたら予後は 1週

間前後となる。意識混濁が出てくるとあと一日、二日程度だろうと推定する。

尚、透析実施中の場合は、血清カリウム値はコントロールできるが、透析非導入例の

場合高カリウム値はコントロールできない場合も多く、心停止による突然の死亡はおこ

りうる。

末期腎不全で、緩和ケアの対象となる症状としては、呼吸苦が最も多い。緩和ケアと

しは、酸素、利尿剤が用いられる。痛みは、関節炎などでおこるが、透析中だと鎮痛剤

(NSAID)は通常どおり使ってもよいが、非導入例、CAPD中は残存腎機能をたもたせな

いのでアセトアミノフェン、コデイン、フェンタニールの使用が推奨される。

4) 透析実施例の予後と予後予測法

(1) 透析患者の合併症と死因

我が国の透析導入の原疾患は糖尿病性腎症が 43.2%で第 1位、慢性糸球体腎炎 23.0%、

腎硬化症が 10.5%となっている。透析導入例の平均年齢は 67.2 歳(2008 年)で、高齢化

の進行が顕著である。慢性腎臓病(CKD)は、心血管病変に罹患し易く、心血管病変で

の死亡リスクが高い。

近年の透析患者の高齢化に伴い、脳血管系合併症や心血管系合併症の増加、認知症の

増加が多くなっている。透析患者の死亡原因については、心血管死が第一位で、次いで

感染症死となっているが、後期高齢者では心不全死と感染症死が多いことがわかる。

表 年齢階層別にみた主要な死因とその頻度(%)

30歳~ 45歳~ 60歳~ 75歳~ 90歳~

N 271 2580 9071 10922 957

心血管死

心不全 19.9 17.8 22.6 26.2 29.7

心筋梗塞 3.0 5.0 4.8 4.1 3.2

脳血管障害 14.0 15.6 10.0 6.6 6.2

感染症 17.0 14.7 18.1 20.5 20.9

悪性腫瘍 5.2 9.0 10.0 9.1 4.3

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日本透析医学会:我が国の慢性透析療法の現状(2007年 12月末日現在)より改変

血液透析中止の理由はこれらの合併症の発症によることが多いが、合併症以外で透析

中止にいたる最大の理由は、循環器系が障害され、血圧を保つことが困難となることで

ある。低血圧によって血液を抜き取ることができなくなり、機械を動かせなくなり、透

析をすることで命の危険が及ぶようになることが透析中止の実際の理由である。このよ

うな場合、一回透析を見送って、次回に再度透析実施を試みるが、やはり透析ができな

いということを繰り返して、最終的に中止の判断することが多い。このような透析中止

の前兆としては、透析後の極度の血圧の低下が認められたり、透析導入前の血圧が低く

なることが観察されることがある。

透析中止時に徐々に透析回数を減らすことは、通常なされているわけではない。しか

し、経口摂取できない、動かない患者については、透析を週 2回にしても問題ない場合

もある。

(2) 透析実施例の予後と予後予測

大まかにいって血液透析患者の余命は、一般的に同年代の一般人の半分になると言わ

れている(例;80歳平均年齢とすると 30歳で導入されたケースは 55歳。)

しかし実際の透析導入後の予後は基礎疾患や病態によって大きく異なる。基礎疾患別

の予後については、糖尿病性腎症では、心血管合併症の発生によって、透析後の生存期

間は非常に短い(平均 6 年、短ければ 2 年程度)。また、慢性腎炎の中でも、膜性増殖

性腎炎も同様に予後が悪いと言われている。また、ネフローゼ症候群で、浮腫が強い患

者も予後が悪く、ネフローゼが主なものについては、透析をしても予後の改善はあまり

期待できない(血管外にある水はいったん血管内にもどさないといけないので、マニト

ールや糖などをいれ、浸透圧を高めてからでないと機械がまわらない)。

* このような場合 ECUM(extra-corporeal ultrafiltration method)が試みられる場合もある。これ

は、透析液を流さず、また置換液の投与も行わず、血液から除水のみを行う方法で、拡散がなく、

限外濾過だけなので、膠質浸透圧が上がり、間質からの水分の移動は早くなる。比較的大量の除水

を行っても血圧低下、下肢の筋肉痙攣などの不均衡症候群の出現することが少ない。

透析導入後の個別の患者の予後について、基礎疾患や年齢、合併症の状況などから、

大まかに推定することは可能であるが、正確に予測することは困難である。

Shared dicision-making in the appropriate initiation on and withdrawal from

dialysis(2000 米国)では、維持透析中の生命予後の評価として、CCI(Charlson

Comorbidity Index)を用いることが推奨されている。

CCIは、表のように合併症に着目した予後予測スコアで、様々な疾患の予後予測に

用いられているが、我が国の透析医療では余り用いられていない。

Charlson Comorbidity Index

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82

項目 点数

心血管疾患、うっ血性心不全、末梢血管障害、脳血管障害、認知症、慢

性肺疾患、結合織疾患(自己免疫性疾患)、消化性潰瘍、慢性肝臓疾患、

糖尿病

各1点ずつ

片麻痺、中等度~重度の腎障害(透析中も含む)臓器障害を合併する糖

尿病(糖尿病性網膜症など)、癌(白血病やリンパ腫も含む)

各2点ずつ

中等度~重度な肝臓疾患 3点

転移性癌もしくは AIDS 6点

CCIの透析患者の有効性については、我が国の等背液患者で検証されている。基本的

に CCIが 4点以上の患者については死亡リスクが高まると言える。また、具体的な項目

についても、臓器障害のない糖尿病以外のすべての項目で、有意な死亡リスクの増加が

みられた。

2006年導入患者の生命予後に影響を与える因子に関する解析より

3 腎不全患者の延命治療の選択

1)透析医療の進歩

(1)血液透析の進歩と課題

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我が国では、1967年に血液透析が健康保険の適用となってから、実に 40年以上の

歴史を有している。80 年代のコンソール(ダイアライザーに血液をとおして、透析液

とふれて、血液をきれいにしていく透析機器のこと)はマニュアル式で、現在の機械と

比べるとリスクが高いものであった。当時、血液透析は約 20 年の生存期間(糖尿病で

は、10年未満)といわれていた。また、透析機械が未発達だったため 70歳後半の人は、

透析治療にたえられないだろうと考えられ、1980年代までは 80歳以上は透析導入をし

ないことが多かった。

しかし、90 年代には、コンソールがコンピューター化され、安全に透析が行われる

ようになり、機械操作も容易になった。この透析機械の進歩によって、血液透析は約

30 年の生存期間が期待できる時代に突入するとともに、後期高齢者でも比較的安全に

透析が実施できるようになった。

近年透析患者の高齢化が進み、透析患者の平均年齢 65.3歳となり、75歳以上の後期

高齢者は 6万 8千人を超え、透析患者の約 25%に及んでいる(2008年)。

高齢化の中で、がんや認知症、脳血管障害や心疾患、整形外科疾患などなど多くの合

併症をもつ患者が増加し、透析通院困難のため長期入院を余儀なくされる場合も少な

くない。現在、3 ヶ月以上の長期入院透析は、全透析患者の 20 人~25 人に一人と推

計されている。

(2) 腹膜透析(CAPD)の状況

CAPDは 1980年から日本に導入され、1985年には保険の適用を得た。CAPDの実施

期間は 2年~6年であり、長期に行うと必ず合併症が出現するため、現在のところ期限

が定められた治療である。通常数年の CAPD の後、血液透析に移行する場合が多いが、

CAPDでぎりぎりまでひっぱらずに血液透析にしていく方が望ましい。

2) 腎移植の状況

我が国の腎移植は、かつては生体腎移植が多く、年間 800例前後で推移していた。し

かし、腎移植の数は、2007 年臓器移植法が改正されたころから、死体腎移植が増加す

る期待が生まれ、生体腎移植が減少したため、むしろ年間 200~300 例と減少している

(米国の八十分の一、英仏の十分の一以下)。

我が国では、13万人の血液透析患者のうち、約 1割が死体腎移植を希望している。

しかし、高齢レシピエントは腎移植術後の生存率と移植腎生着率が、若年レシピエント

に比較して不良である。1995 年~2004 年の全献腎移植において、5 年生存率と 5 年移

植腎生着率は全患者と 61 歳以上の患者でそれぞれ 89.1%対 73.9%、71.5%対 59.5%

で明らかに予後不良、成績不良である。高齢者の予後の低下は主に心血管系合併症や感

染症、がんの合併によるものである。(しかし、60歳~75歳の高齢透析患者の 5年生存

率は、予後のよい多発性嚢胞腎で 65.9%であるので、前期高齢者については医学的適

応がないとはいえない。)

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しかし、実際の移植のコーディネートでは、HLAの型が同じかどうか、同じ地域の方

かどうかが優先される。また、死体腎移植については年齢制限があり、70 歳以上は新

たな登録はできない。すでに登録していた人は、登録を継続できるが、実際は、若い人

からマッチングしていくため、高齢者が死体腎移植をする可能性はほとんどない。その

ため、在宅高齢者の腎不全患者の治療として、腎移植という選択肢は現実的には考えら

れない。

4 腎不全患者の意思決定の支援

1)準備期の対応

CKDのステージ4(eGFRが 15~29ml/min)では、腎保護療法を実施しながら、腎機

能の低下について予測し、患者と話すなかで、今後腎不全が進行した時に、どのよう

な選択(HD,PD、腎移植、透析をしない)を希望するかについて、早い時期から話し

をしておく。

2)透析非導入の意思決定

透析非導入の基準を満たしている場合でも、様々な要因がある。在宅医療ではとり

わけ、①重度認知症で透析実施に抑制などが必要な例、②進行した悪性腫瘍の合併、

③透析の施行が困難な循環器の問題がある場合などが考えられる。①の場合は、患者

に決定能力がないため、認知症で述べたように丁寧なコンセンサスを作っていくアプ

ローチが必要である。②については、悪性腫瘍の予後予測も含め、今後の事を十分説

明した上で、残された時間をどのように生きるかを患者自身が決定することが重要で

ある。③については実際の透析専門医に、透析実施における安全性についてコンサル

テーションが必要であろう。

透析非導入の基準に合致しないのにかかわらず、患者、および家族が透析非導入の

決断をしている場合、その決断がきちんとした説明を受けた上での判断かどうかを確

認する必要がある。

① 今まで医師からどのような説明がなされたかを聴取する。

特に、透析をやらなければ、速やかに死が訪れることについて理解しているか?

(在宅主治医以外で意思決定がなされている場合)

② 透析を受けないと判断した主な理由は何か?

③ 透析をやらない場合の終末期の症状や経過、それに対する緩和ケアについて説明

をうけたか。具体的には、尿が出なくなってからの苦痛、例えば、呼吸が苦しい状

況(溺れている状況)などについてある程度理解し、それを受け入れることも含め

て納得しているか、同時にそれを和らげる緩和ケアについても説明をうけている

か?

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意思決定能力があり、透析医療について理解できるが、どうするか迷っている人につ

いては、透析外来などを見学してもらい、具体的に考えてもらう。また、腹膜透析につ

いては、人形を使って具体的に説明するとよい。

3)透析中止の判断

透析中止の基準としては、大平の基準が知られている。

透析中止(断念)に対する私案(大平)

1 血液透析の実施が医学的にきわめて危険か不能であること(重度の心肺不全による

低血圧など)

2 慢性腎不全に関わるか否かを問わず、致命的で回復不能か苦痛に満ちた合併症が一

定期間以上継続していること(癌末期、種々の原因による認知症状態、重度の心肺不

全など)

3 かかる状況下で透析、生命維持装置・処置の中止を指示する患者の文書または明ら

かな意思表示があらかじめ存在するか、意識障害下の患者ではそれらが存在しなくて

も家族による適正な代理判断が行い得ると判定されること

4 最終的な決定に際しては、患者・家族・医療スタッフの三者の合意を基本とし、第

三者として弁護士・学術経験者を交えること

付記(1)透析中止に関わる話し合いをできる限り記録に残すように心掛けること

(2)治療の「中止」は「透析医療」に限定してものではなく、院内に「医の倫理

委員会」をもち、顧問弁護士の助言を得る体制を作ることが望ましい。

大平 ら 透析非導入(見送り)と透析中止(差し控え)への一考察 より

具体的な糖液中止の判断には、次の私案が参考になる。

「透析中止」のガイドライン(私案) 岡田一義 *1)~6)のすべてを満たすことが条件

1)患者による「透析中止」の意思表示;事前指示書、家族への口頭意思表示、医師へ

の口頭意思表示の診療録記載など

2)複数の医師による複数回確認 ①~④のいずれか

① ブラッドアクセスまたはペネトリアルアクセス使用不可

② 全身状態悪化(血圧低下など)による透析継続不可

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③ 治療不可能な病気に冒され、回復の見込みもなく、死が 1 週間前後と予測される末期

状態

④ 脳死状態

3)医療チーム(主治医の所属部門責任者を含む)による「透析中止」の判断

4)家族全員による「透析中止」の承諾 注)家族がいない場合は代理人可

5)倫理委員会による「透析中止」の承諾

6)施設長による「透析中止」の承諾

大平 ら 透析非導入(見送り)と透析中止(差し控え)への一考察 より

透析中止の実態については、我が国にでは大規模な調査は行われていないが、腎不全

の全死亡率の数%(1~4%)と推定されている。一方米国では、14.0~39.8%で地域

差があるものの、平均 22%と報告されており、米国に比べて少ない。

日本透析学会の調査(2006 年)によると、透析中止を経験した医師は 13%、透析中

止を経験した施設は74%にのぼっており、多くの施設が経験している問題ともいえる。

もうひとつの透析中止の理由は、重篤な心肺疾患であり、このような場合は、倫理委

員会にかける必要がある。この場合、さらに治療を望まれた場合は、腹膜透析をすすめ

ることができるが、これを選択する人は少ない。

透析中止は透析医が行い、在宅医が判断することは少ない。

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G 肝不全

1 肝不全の自然経過と軌道モデル

1)肝不全の自然経過

肝不全には急性型と慢性型があるが、在宅での非がん疾患緩和ケアで対象となるのは

慢性型であり、通常非代償性肝硬変をベースにしたものである。

在宅で肝不全の主たる原因はウイルス肝炎、とりわけC型肝炎ウイルスであるが、C

型肝炎で、患者のたどるナチュラルコースは、慢性肝炎-肝硬変(代償性)-肝硬変(非

代償性;肝不全)-死亡であるが、一連の変化には通常何十年の時間を要する。また、

慢性肝炎のほとんどを占める C型慢性肝炎では、肝硬変にいたると肝癌の合併が多くな

り、慎重なフォローアップが必要となる。

慢性肝炎と肝硬変の区別は主に、血小板値で推測されているが、慢性肝炎と肝硬変を

判別する方法として、以下の判別式が用いられることがある。

《慢性肝炎と肝硬変の判別式(A)》

A=0.124×γグロブリン(%)+0.001×ヒアルロン酸(μg/dl)+(-0.413)×性別(男=1,

女=2)+(-0.075)×血小板数(万/μl)-2.005

判定 Aが-なら慢性肝炎、Aが+なら肝硬変と判定。(正診率 91.2%)

肝硬変では合併症の有無が大きく予後を左右する。

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肝硬変患者の死亡原因は、1970年代まで肝癌による死亡、肝不全死、食道静脈瘤破

裂による死亡がそれぞれ同数(1/3)であったが、最近では、食道静脈瘤が内視鏡治

療の進歩によってコントロールされるようになり、インターフェロン治療(最も効きに

くいタイプでも 50%を超える有効性)など新規薬剤の開発などによって、原疾患のコ

ントロールがよくなったため、がん以外の要因による死亡が相対的に少なくなってきた。

そのため、現在では消化管出血は 10%以下、肝不全が 20%まで低下し、肝硬変患者の

死因の約 70%が肝癌となり、癌による死亡の割合が増加している。

つまり、現在肝硬変の管理においては、肝癌の合併が最大の問題であり、C型肝硬変

では、年率7%(最大7~8割)、B型肝硬変では年率3%にがんが合併する。また、肝

癌は異時性多発性に発生することが多いことが特徴で、早期に発見し、侵襲の少ない治

療法で局所を制圧することが重要である。

代償性肝硬変では、基本的 ADLは保たれるため、また、がん発生についての定期的検

査が欠かせないため、通常は長期に外来で管理されている。訪問診療の対象となる肝硬

変は、非代償性肝硬変の中でもかなり進行したものが対象となる。

肝硬変症の進展に伴う肝不全による本邦での死者数は年間 9200 人と言われている。

末期肝不全で見られる苦痛としては、痛みは、肝臓がんの著明な増大、頻度の少ない

骨転移の場合を除き、あまり見られない。黄疸、胸水、腹水、出血傾向、倦怠感、食欲

不振、かゆみなどが多くみられる。胸水やシャントの存在によって、SPO2 が下がって

いるケースも多いが、呼吸苦の出現もそれほど多くはない。

腎不全の合併は、最期の時期になるとほとんど必発である。

特発性細菌性腹膜炎(SBP)の頻度はそれほど多くはない。致死率は高く、入院治療

が基本となるが、集中治療によって改善する人もいる。

慢性型の肝不全では、腸管内のアンモニアが増加し、門脈をとおって、大循環のアン

モニアが増加、脳症が発現する。肝性脳症などの、肝不全症状に対しては、スタンダー

ドな治療をおこなうことが基本である。

昏睡度分類(厚生省特定疾患難治性の肝年調査研究班劇症肝炎分科会)

昏睡度 精 神 症 状 参考事項

1 睡眠-覚醒リズムの逆転。多幸気分。ときに抑う

つ気分。だらしなく気にとめない態度

retrospectiveにしか判定

できない場合が多い

2 指南力(時・場所)障害、物を取り違える

(confusion)、異常行動(例:金をまく・化粧品を

ゴミ箱に捨てるなど)。ときに傾眠状態(普通の

呼掛けで開眼し会話ができる)。無礼な言動があ

ったりするが、医師の指示に従う態度を見せる。

興奮状態がない。尿便失禁

がない。羽ばたき振戦あり

3 しばしば興奮状態または譫妄状態を伴い、反抗的 羽ばたき振戦あり。(患者

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態度をみせる。嗜眠状態(殆ど眠っている)。外

的刺激で開眼しうるが、医師の指示に従わないか

従えない(簡単な命令には応ずる)。

の協力が得られる場合)指

南力は高度に障害

4 昏睡(完全な意識の消失、痛み刺激に反応する) 刺激に対して払いのける

動作、顔をしかめるなどが

みられる

5 深昏睡(痛み刺激にもまったく反応しない)

肝不全(慢性型)の場合、これらの肝不全の治療を十分に行い、症状がコントロール

できなくなったときが末期であるといえる。

肝不全では、痛みがでにくいことに加え、肝によるオピオイドの代謝が困難となるこ

とも合わさり、オピオイドの出番はすくない。肝不全の緩和ケアでは、これまでの適正

な治療やケアを継続して行うことが重要で、緩和ケアとして特別に行う手技はほとんど

ない。

2) 肝不全の軌道モデル

肝不全モデル

肝癌の合併等

年率5%(最大 7~8割)がんが合併

Child- PughMELD

機能

肝不全死

肝硬変では、多くががんの合併によって死亡することが多い。非代償性肝不全になる

と、しばしば肝不全症状(腹水、黄疸、肝性脳症等)で急性増悪するが、肝予備能力が

一定保たれている間は、治療に反応し、いったん回復するが、最後は集中的に最大限の

治療を行っても、肝不全が進行し、死に至る。

2 肝不全の予後予測の指標

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1)Child- Pugh と MELD

肝不全の予後予測の指標については、Child- Pughおよび MELDが知られている。

Child- Pughは、もともと肝癌の切除ができるかどうかの判断に用いられており、年

単位の予後を予測するために用いられる。Child- Pughは、主観的な評価項目が含まれ

ていることやアルブミンを補充した時に評価が困難となる問題点があった、また、肝不全の

予後に影響を与える腎機能が項目として入っていない。

MELD(Model for End-stage Liver Diseases)はもともと、腹水や静脈瘤のシャント

治療である TIPS(Transjugulear Intrahepatic Portosystemic Shunt;経頚静脈的

肝内門脈肝静脈シャント形成術)後の予後予測で開発されたもので、現在では移植の

適応を決定する際の予後予測指標として用いられる。項目としては、ビリルビン、PT-INR

以外に、腎機能(クレアチニン)が入っているのが特徴で、6カ月の予後予測指標としてもち

いることができる。

Child-Pugh 分類Child-Pugh 分類

Score 1 2 3肝性脳症 なし Grade1-2 Grade 3-4

腹水 なし 軽度コントロール可

中等度コントロール困難

Bil (mg/dl)(PBCの場合)

<2(<4)

2-3(4‐10)

3<(<10)

Alb (g/dl) 3.5< 2.8-3.5 <2.8PT (s)(%)

1-4 70%<

4-6 40-70%

6< <40%

Grade A: 5-6点、Grade B: 7-9点、Grade C: 10-15点

MELD ス コ ア = 3.78 × loge(T-Bil mg/dl)+11.2 × loge(PT-INR)+9.57 × loge(Cre

mg/dl)+6.43 ×(アルコール性肝疾患または胆汁うっ滞性肝疾患では×0、他の全ての肝

疾患では×1)

MELD の項目としては、ビリルビン、PT-INR 以外に、腎機能(クレアチニン)が入っている

のが特徴で、6カ月の予後予測指標としてもちいることができる。

MELDスコアを上記の計算式で計算し、半年、1年、2年の生存率を次の表から求める。

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Model for End-stage Liver Disease (MELD)非代償性肝硬変の予後予測モデル

Scoreの合計 6カ月生存率 12ヶ月生存率 24ケ月生存率0-9 98% 93% 90%10-19 92% 86% 80%20-29 78% 71% 66%30-39 40% 37% 33%

また、Child- Pugh スコアに加え、肝硬変や移植の予後予測に有用な UNOS改編 MELD

スコア、さらに 6 カ月間の MELD スコアの変化を見た ΔMELD スコアを用い、それぞれ

のカットオフ値を組み合わせて肝不全死予測基準の作成を試みた研究では、ウイルス性

肝硬変による肝不全死症例を対象に検討した結果、CP スコア 10 以上、MELD スコア 16

以上およびΔMELDスコア 3以上という基準により 18カ月以内の肝不全死の予測が可能

であり、この肝不全死予測基準は生体肝移植適応時期決定に有用であった。

2)短期の予後予測指標

在宅での非がんの緩和ケアを実践するにあたり、より短期の予後予測の方法が必要で

ある。CPや MELDなどの指標より短い予後(1,2カ月等)の予測指標で確立したものは

ない。

経験的に以下のことがより短期の予後の目安になると思われる。

① 肝腎症候群となると 2,3週間の予後の事が多い。

② 強い黄疸が見られる時(ビリルビンが 10㎎・dl程度)となると、予後は月の単位

ビリルビンは肝臓のトータルの機能を表している。

③ 腹水穿刺を何回も繰り返さないといけない状態となると、予後が短い。

*CART はアルブミンの節約にはなるが、予後改善しない。膠質浸透圧をあげて、循環血

を保ち、腎臓を守る

④ 便秘などの原因除去やアミノレバンの点滴などの治療によって回復しない脳症ス

タンダードの治療の反応がわるくなったら最期

⑤ 血液データ、ビルルビン 10以上、PT活性値 20%を切るとかなりわるい。

一般的には、非代償性肝硬変で、スタンダードな治療に反応しなくなると予後が不

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良であると考えられており、肝不全で最期を明確に意識して関わるタイミングである

と考えられる。

以上の事象が観察された場合は経験的には死期が迫っていると判断できる。

短期の予後の指標となる米国のホスピスの導入基準(予後 6カ月と判断する)につい

て下記に示す。

① 肝移植の登録をしていない

② 肝臓の総合的な機能障害を示す アルブミン<2.5g/dl、PT<5秒 over control

③ 最大量の利尿剤使用に関わらず腹水が存在する

④ SBPの存在

⑤ 肝腎症候群

⑥ 肝性脳症

⑦ くりかえす食道静脈瘤からの出血

全米緩和ケア協会(NHPCO)の基準を表に示す。

肝疾患の臨床的予後決定因子Ⅰ重症肝不全の予後にかかわる検査所見 以下の両者を満たすものは予後不良

A. プロトロンビン時間がコントロールより5秒以上延長。 B. 血清アルブミン2.5g/d1未満

Ⅱ臨床所見 以下の少なくとも1つを満たすものは予後不良A. 腹水(利尿薬、食塩制限に抵抗性、あるいは治療の受け入れ不良)1) 最大量の利尿薬: アルダクトンA 75㎎十ラシックス40㎎以上

B. 特発性細菌性腹膜炎1) 1年生存率30%で、肝疾患が重篤、or腎機能障害合併例は、感染が制御も予後不良

C. 肝腎症候群1) 腹水されてを伴う非代償性肝硬変(Child C)で血清クレアチニン、尿素窒素(BUN)が上昇

し、乏尿(1日尿量400m1未満)、尿生化で尿Naが10mEq未満(腎前性パターン)2) 末期で入院中に起きることが多い。予後は数日~数週間

D. 肝性脳症蛋白制限、ラクチュロース、ネオマイシンに抵抗性の繰り返す肝性脳症

(本邦では,アミノレバン、モニラックなどより進んだ治療が一般的)1) 主要症状は、注意力障害、不眠、抑うつ、感情不安定、傾眠、言語不明瞭、譫妄2) 理学所見は、羽ばたき振戦(末期では出現しないこともある) 3)末期所見は混迷、昏睡

E. 食道静脈瘤破裂(出血)1) 初回の静脈瘤破裂で1/3が死亡。1/3が6週間以内に再出血。2/3の予後は12か月以内2) 再発性出血に対する最新治療 a. 食道静脈硬化療法か静脈瘤結紮療法 b. 遮断薬

E. 頚静脈一肝内門脈シャント F. 肝移植対象外である。

Ⅲその他の予後悪化因子(要チェック)A. 進行性の低栄養 B. 筋萎縮(筋力、筋抵抗低下) C. アルコール依存(1日アルコール量80g以上) D. 肝細胞癌 E. HBs抗原陽性

全米緩和ケア協会(NHPCO)

エンドオブライフケア 医学書院から抜粋

3 肝不全患者の延命治療の選択

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1)肝移植の状況

肝移植については、肝癌合併例でもミラノ基準(最大腫瘍径 5cm 以下単発もしくは

3cm以下 3個以内)を満たす場合は、肝移植を行うことが医学的には可能となってきて

いる。しかし、死体移植では絶対的にドナー不足の状態であり、我が国の肝移植のほと

んどは近親者からの生体肝移植によっている。

移植の適応がある場合、選択肢として提示し、移植コーディネーターの話を聞くなど

が必要であるが、実際の意思決定のタイミングとしては、在宅の終末期に至るずっと以

前(代償期から)である。在宅医療の対象となる進行した肝不全患者では、肝移植の適

応についての意思決定を直接行うことはまずないであろう。

つまり、肝不全の延命治療については、現在のところ肝移植以外にはなく、しかも、

末期に近くなって提示できる延命治療はない。

4 肝不全の意思決定の支援

非がん疾患では、多くの疾患に延命治療が存在し、非がん疾患の終末期の緩和ケアを

行うためには、延命治療を行わないという意思決定が必要である。しかし、肝不全では、

前述したように移植以外に特別な延命治療はなく、在宅の対象となる進行した非代償性

肝不全では移植の対象にならない。

肝不全の場合、可能なかぎりの治療を年余にわたってやってきて、徐々に状態が悪化

し、末期となる。在宅医療をうける段階では、治療の選択という意味では、それまで行

ってきた肝不全の治療を継続する以外に選択肢はないため、治療法の選択という重要な

意思決定を行う場面はない。

むしろ、末期の諸症状に対しての治療をどこまで継続するかが問題となる。

例えば、難治性腹水に対して、延命というより症状コントロール目的で、

腹 水 濾 過 濃 縮 再 静 注 法 ( CART; Cell-free and Concentrated Ascites

Reinfusion Therapy)を行う場合がある。 CART は在宅で実施するのは

困難で、通常外来あるいは一泊入院で行っているところが多い。

肝性脳症に対して、アミノレバン等の点滴は在宅でも実施できる。

また、肝癌に対して治療( PEIT やラジオ波)、食道静脈瘤に対しての

内視鏡的静脈瘤硬化療法(EIS)、内視鏡的静脈瘤結紮術(EVL)などの合併症の治

療についても、末期になるとどこまで行うかが問題となる。

末期の肝不全では、治療法というよりは、むしろケアや療養の環境、最期を迎える場

所の選択を行うことが重要となる。

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5 おわりに

本研究で、我が国の在宅医療の現場で遭遇する非がん疾患の主要疾患に関して、終末期

の自然経過と予後、予後予測の方法と在宅での意思決定の支援方法について検討してきた。

残念ながら、各疾患別の明確な指標作成にはいたらなかったが、その基盤となるエビデ

ンスを集積し、疾患別のコンセンサスをまとめることができた。

一年間にわたっての各疾患の予後と予後予測に関する文献レビューと専門家へのコンセ

ンサスについてのインタビュー等を行い、あらためて非がん疾患の多様性を実感した。

がんは疾患の早期には症状や治療法において、そのがん固有の課題が出現するが、終

末期にはがん共通の問題が出現するという特性をもっている。そのため、がん終末期の

症状緩和の方法や予後の予測には一定の法則が存在しており、これががんの緩和ケアを

学ぶことを容易にしている。しかし、非がん疾患では、終末期の軌道に影響する因子は

最期まで多様であるため、それぞれの疾患群の自然経過や特性を熟知する必要があり、

在宅緩和ケアに関わる医師が個別の疾患について経験値を高め、十分な緩和ケアが実践

できるまでに一定の期間と労力を要するであろう。 本研究にご協力いただいた先生方、とりわけお忙しい中インタビューに応じていただ

いた各領域の専門医の先生方に厚く感謝申し上げる。インタビューにおいて、在宅医療

を深く理解している各専門医の先生から話をうかがえたことは何にもかえることがで

きないよい学びになり、考え方を整理する上で大変役立った。紙面の関係で、各先生に

おうかがいしたことのごく一部しか反映できていないことを陳謝したい。また、専門的

な立場からみて、内容に問題があるとすれば、著者自身の理解力不足によるものである

ので、是非ご指摘いただきたい。

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本研究の成果が、非がん疾患の緩和ケアというチャレンジングな課題に取り組む在宅

医や訪問看護師の緩和ケアの実践、とりわけ意思決定支援に役立つことがあれば、誠に

幸いである。


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