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Clostridium difficileの全て
奈良県立医科大学
感染症センター
笠原 敬
講演スライドは,http://www.naramed‐u.ac.jp/cid/CD.pdf
からダウンロード可能です.(2012年7月15日まで)
まずは C. difficileのことを知ってください…
Clostridium difficile
• Clostridium属
– 土壌や生物の腸内などの酸素濃度が低い環境に生息する偏性嫌気性菌
– 酸素存在下では増殖できない
– 芽胞を形成する
• Clostridium属
– C. tetani:破傷風
– C. botulinum:食中毒
– C. perfringens:食中毒,敗血症,ガス壊疽
– C. difficile
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Clostridium difficile
• 芽胞を形成する偏性嫌気性のグラム陽性桿菌
– difficile = difficult 「難しい」
• 培養が難しいことからこの名前がついた.
– なぜ培養が難しいのか?
• 偏性嫌気性菌だから.– 通性嫌気性菌:ブドウ球菌,大腸菌,連鎖球菌など
– 偏性嫌気性菌:バクテロイデス,クロストリジウムなど
– 微好気性菌:カンピロバクターなど
– 偏性好気性菌:緑膿菌,結核菌,百日咳菌など
Clostridium difficile
• 芽胞を形成する偏性嫌気性のグラム陽性桿菌
– 芽胞
• 菌の周囲の環境が成育に不利になったときに形成される耐久器官
• 休止状態では増殖などの生物活性がほとんどみられなくなる
• Clostridium属のほかに,Bacillus属も形成する
• 極めて高温に強く,100℃の煮沸でも完全に不活化はできない.
• 数年から10数年にわたって生存する
• 生き残った芽胞が,再びその細菌の増殖に適した環境に置かれると,芽胞は発芽して,通常の増殖・代謝能を有する菌体が作られる.
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Ultrastructure of C. difficile 630 spores.
Permpoonpattana P et al. J. Bacteriol. 2011;193:6461-6470
芽胞染色
緑色のものが芽胞
赤色のものが菌体
Clostridium difficile
• 芽胞を形成する偏性嫌気性のグラム陽性桿菌
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もっと C. difficile とお近づきになってください
C. difficileの歴史
• 抗菌薬を投与すると,患者が下痢をする.
• 1978年に,Clostridium difficileが原因であることが判明.
• 当初は,ほとんどがクリンダマイシン(ダラシン®)投与例であった.
• 1989年~1992年には「J strain」と呼ばれるクリンダマイシン耐性のC. difficileによる大きなアウトブレイクがあった.
C. difficileの歴史
• 2003年~2006年には,「より高頻度な」「より重症な」「より治療抵抗性な」「より再発しやすい」 C. difficile感染症が見られるようになった.
• この株は NAP1/BI/027 と呼ばれている.
– 制限酵素処理解析:BI型
– パルスフィールド電気泳動:North America PFGE 1型
– PCR‐リボタイピング:027型
• キノロン系薬の使用と関連があるとされている.
• 日本では今のところ「稀」
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NAP1/BI/027 C. difficile
• Toxinotype III に分類される
• tcdCの欠損
–トキシンAの産生性が16倍
–トキシンBの産生性が23倍
• バイナリートキシン産生
• キノロン系薬に耐性
• 日本では稀?
増加するCD感染症
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CDIの臨床症状
発症機序
抗菌療法
腸内細菌叢の変化
C. difficileの獲得と定着
Toxin A (enterotoxin) と
toxin B (cytotoxin)の
放出
腸粘膜の損傷と炎症
CDIの臨床症状
タイプ 下痢 その他の症状 身体所見 内視鏡所見
無症候性キャリア なし なし 異常なし 異常なし
腸炎を伴うCD関連下痢症
複数の軟便便中白血球+便潜血+血便は稀
嘔気,食欲不振,発熱,脱水,白血球増多
腹部膨満,腹痛 腸炎
偽膜性腸炎 より重症の下痢便中白血球+便潜血+血便は稀
上記の症状がより重篤
上記身体所見がより重篤
偽膜性腸炎
劇症型腸炎 より重症の下痢または麻痺性イレウスにより排便消失外科的処置を考慮
発熱,頻脈,腸管拡張
急性腹症様症状 内視鏡検査は禁忌(穿孔のリスクあり)
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無症候性キャリア
• 入院患者の約20%は無症候性キャリア(保菌者)
• 長期療養施設では無症候性キャリアが50%にのぼるという報告もある
• 院内での感染伝播のソースになることがある
CDIの臨床症状
タイプ 下痢 その他の症状 身体所見 内視鏡所見
無症候性キャリア なし なし 異常なし 異常なし
腸炎を伴うCD関連下痢症
複数の軟便便中白血球+便潜血+血便は稀
嘔気,食欲不振,発熱,脱水,白血球増多
腹部膨満,腹痛 腸炎
偽膜性腸炎 より重症の下痢便中白血球+便潜血+血便は稀
上記の症状がより重篤
上記身体所見がより重篤
偽膜性腸炎
劇症型腸炎 より重症の下痢または麻痺性イレウスにより排便消失外科的処置を考慮
発熱,頻脈,腸管拡張
急性腹症様症状 内視鏡検査は禁忌(穿孔のリスクあり)
腸炎を伴うCD関連下痢症
• 典型的には1日10~15回の水様性下痢,腹
痛,発熱,白血球増多
• 38.5℃以上の発熱は「重症」のCD関連下痢症
を示唆する
• 抗菌薬の投与中または終了後5~10日経過
してから発症する
• 通常白血球数は15,000以上となる
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よく分からない白血球増多は
• C. difficileを考えろ,という報告もある
• 原因不明の白血球数上昇(15,000以上)がみ
られた60名の入院患者のうち,58%でCD
toxinが陽性であった(白血球上昇がみられな
かった患者では12%)
• 原因不明の白血球上昇がCD感染であった場
合,1~2日以内に下痢が始まることが多い
CDIの臨床症状
タイプ 下痢 その他の症状 身体所見 内視鏡所見
無症候性キャリア なし なし 異常なし 異常なし
腸炎を伴うCD関連下痢症
複数の軟便便中白血球+便潜血+血便は稀
嘔気,食欲不振,発熱,脱水,白血球増多
腹部膨満,腹痛 腸炎
偽膜性腸炎 より重症の下痢便中白血球+便潜血+血便は稀
上記の症状がより重篤
上記身体所見がより重篤
偽膜性腸炎
劇症型腸炎 より重症の下痢または麻痺性イレウスにより排便消失外科的処置を考慮
発熱,頻脈,腸管拡張
急性腹症様症状 内視鏡検査は禁忌(穿孔のリスクあり)
偽膜性腸炎
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劇症型腸炎
• 強い腹痛,下痢,腹部膨満,発熱,脱水,乳酸アシドーシス,著明な白血球増多(40,000/µl以上)
• 進行すると,腸管運動が麻痺し,麻痺性イレウスや中毒性巨大結腸症などを呈する
• 腸管内圧がさらに上昇すると腸管穿孔→腹膜炎→ショックへ…
• こうなると下部消化管内視鏡検査は禁忌!
中毒性巨大結腸
≥7cm
CDIでは便秘は下痢よりヤバイ.
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CDIの診断
CDIの検査
• みなさん,どうやってらっしゃいますか?
• みなさんの施設では,何の検査をされてますか?
– 培養検査?
– CDチェック?
– CDトキシン?
• 検査キットの名前と特性,ご存じですか?
CDIの検査
• まずは臨床症状・経過が大事
– 無症状の患者は検査しない
• つづいて検査
– その患者は,トキシン産生性のC. difficileを保有するか?
– 完璧な(感度,特異度の高い)検査をするには
① 便培養検査でC. difficileをみつける
② 生えてきたC. difficileの菌そのものを用いてトキシン産生性かどうかの検査を行う
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CDIの培養検査
CDIの培養検査
CDIの検査
• 検体:普通は便を用いる• 何を検出するのか?
• 菌の抗原?• トキシン?A?B?両方?
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CDIの検査
• 便の中にC. difficileがいるか?
– 最も感度が高いのは便の培養検査
– 多くのキットは,GDH (glutamate dehydrogenase) と呼ばれるC. difficileの抗原を調べている
• 感度は培養検査と比べると落ちる
• そのC. difficileはトキシンを産生するか?
– 多くのキットは,「便中の」トキシンを調べる
– 便中トキシンが陰性でも,培養で生えたC. difficileの菌そのものを用いて検査すると陽性のことがある
微生物検査
C. DIFF QUIK CHEK コンプリート
抗原陰性,トキシン陰性 抗原陽性,トキシン陰性
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C. DIFF QUIK CHEK コンプリート
結果
抗原 陰性 陽性 陽性 陰性
トキシン 陰性 陽性 陰性 陽性
判断• 限りなくCDIの
可能性は低い
• 限りなくCDIの可能性は高い
• 治療が必要• 感染対策も必要
• トキシン非産生株
• トキシンの偽陰性
• 臨床症状を総合して感染対策・治療を判断
• トキシンの偽陽性
• 菌が死んでしまった
• 臨床症状を総合して感染対策・治療を判断
• 思い出してください→検体は「便」である.• その「便」に,検出できるだけのトキシンがなかった.• 便を培養して得られた「菌株」を直接調べると,トキシン陽性になることがある.
CDIの診断
• 培養で得られたC. difficileの菌株を直接用いてトキシン産生を確認した症例
–便を用いてトキシン産生を確認すると,約50~60%の症例しか陽性にならない
–「感度」に問題あり
2011‐日本臨床微生物学雑誌‐澤辺悦子,Clostridium difficile感染症の迅速診断における糞便中C. difficile抗原およびトキシンA/B同時検出キット:C. DIFF QUIK CHEK COMPLETEの有用性に関する検討
CDIの診断
① トキシン陽性
– 基本的に治療や感染対策が必要
② トキシン陰性,菌抗原または培養陽性
– トキシンは偽陰性かもしれない
– 培養で生えた菌株を直接調べるとトキシン+のことがある
– 臨床症状と総合的に判断が必要
③ トキシン陰性,菌抗原または培養陰性
– 基本的にCDIは否定して良い
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CDIの治療
CDIの治療
1. まずは,現在使用している抗菌薬の中止が可能かどうか検討する.
2. 第一選択薬はメトロニダゾール
3. 第二選択薬は経口バンコマイシン散剤
CDIの治療
初回
• 第一選択:MTZ 1回500mg 1日3回 または 1回250mg 1日4回 10~14日間• 第二選択(または重症患者):VCM散剤 1回125mg 1日4回 10~14日間• より重症の場合,VCM散剤を1回500mgに増量• さらに重症の場合,VCM散剤に静注用のMTZを併用する• 腸閉塞の場合,VCMの経腸的投与を考慮
再発
• 初回と同様のレジメで再治療
再々発
• VCM散剤 1回125mg 1日4回 7~14日間,1回125mg 1日2回 7日間,1回125mg 1日1回 7日間,1回125mg 1日おき 7日間,VCM散剤 1回125mg 3日おき 14日間
さらに再発
• 第一選択:VCM 1回125mg 1日4回,14日間,ついでrifaximin 1回400mg 1日2回 14日間
• 第二選択:fidaxomicin 1回200mg 1日2回 10日間
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薬価
• 塩酸バンコマイシン散 500mg
– 塩野義 3015円,1日4バイアルで12,000円くらい
– 小林化工 1701円
– マイラン 1526円
• フラジール 250mg
– 塩野義 36円,1日1500mg使うと220円くらい
– 富士製薬 19円
VCM:500mgX4 vs 125mgX4
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VCM血中濃度への影響
• メトロニダゾールは,腸管から吸収され,病変部位に分泌されることにより有効性を発揮する
• 静注用のメトロニダゾールも有効
• バンコマイシンは「障害部位」に到達しないとダメ
• 静注用のバンコマイシンは無効
• 障害の強い腸粘膜からは,経口バンコマイシンは吸収されることもある.
• バンコマイシン血中濃度に影響を与えることがある
注腸療法(一例)
• 1回500mgを100~200mlに溶解し,6時間おきに投与
• 止痢薬を投与するという専門家もいる
• 仰向けでは注腸液は深部に入りませんので、必ず注入時は左側臥位とする
• 200mlの量では下行結腸までが精一杯
• 腸の走行によってはS状結腸までしか入らないかもしれない
• 体位変換が出来る人なら、左側臥位→腹臥位→左側臥位→仰向け→左側臥位を数回繰り返す
• これで多くの場合、脾わん曲部まで入る
外科手術の適応
• 年齢65歳以上
• 白血球数20,000以上
• 乳酸値2.2~4.9meq/L
• 腹膜炎,重症腸閉塞,中毒性巨大結腸症の所見があるとき
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その他の治療法
• 毒素吸着剤
• 免疫グロブリン
• 糞便注腸療法
• プロバイオティクス
糞便療法
• ドナーの血液検査:HAV, HBV, HCV, HIV, 梅毒
• ドナーの便検査:培養検査および虫卵検査,C. difficileを保菌していないか
• ドナー:毎日正常な排便があり,6か月以内に抗菌薬を投与されておらず,IBDの既往がなく,日々健康に過ごしていることなどを確認
• 血縁関係になくてもよい
• 生活環境を共にしていなくてもよい
• 200~300gの便を200~300mlの滅菌生食に溶かし,5日間連日経腸投与
• 患者には6時間ほど排便を我慢してもらう.ロペラミドなどが有効
• 経鼻チューブから投与する方法もある
Fecal transplant
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CDIの感染対策
• アルコールは芽胞に無効
• 流水での手指衛生が有効
• 環境の清掃には0.1%次亜塩素酸ナトリウム
• 標準予防策+接触感染予防柵
• 個室隔離・コホーティング
CDIサーベイランスのススメ
48h
入院 退院
4週間 8週間
①HO‐HCFA ②CO‐HCFA Indeterminate ③CA‐CDAD
① Hospital‐OnsetHealthCare Facility‐Associated
② Community‐OnsetHealthCare Facility‐Associated
③ Community‐AssociatedC. Difficile Associated Diarrhea
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小児のCDI
• 新生児・幼小児のCD保菌率は高い
– 新生児の保菌率は50%近い,という報告もある
– 幼児の保菌率は70%という報告もある
– 母乳で育った幼児のほうが保菌率は低い
• しかし,彼らはCDIを発症しない
– CD toxinのレセプターを持たない,という説がある
• 4歳を過ぎると,徐々に保菌率は低下する
• 健常成人の保菌率は2%前後
小児のCDIの診断
• 臨床症状
– 38.9℃以上の発熱
– 白血球数上昇
– 血沈高値(≥40mm)またはCRP高値(≥4mg/dl)
– 便中白血球
– 低アルブミン血症
– アシドーシス
– 重症の下痢(1日3回以上,5日以上継続,血便など)
– 腸閉塞による急性腹症
– 腹部画像所見(レントゲン,エコー,CT)
– 偽膜性腸炎の所見
小児のCDIの診断
• 危険因子– 6週間以内の抗菌薬使用歴
– 最近の入院歴,特にCD患者がいた病棟
– PPI
– 炎症性腸疾患,ヒルスシュブルング病,溶血性尿毒症症候群など
– 免疫不全
– 腸管の解剖学的異常(手術を含む)
– 遠位腸閉塞症候群を伴う嚢胞線維症
– 新生児ボツリズム症などのmotility disorder
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MRSA腸炎
MRSA腸炎
• 多くの「MRSA腸炎」は,実はC. difficile感染症
• MRSAが腸炎を起こすという明確なエビデンスはない
• ただし,MRSA感染症患者(敗血症,皮膚・軟
部組織感染症,などなど)で「下痢」をすることはある
それでもMRSAが検出される患者で下痢するヒトはいる
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それでもMRSAが検出される患者で下痢するヒトはいる
⼊院第7病⽇
Staphylococcal toxic shock syndrome
• Toxic shock syndrome toxin-1 (TSST-1) • 多彩な臨床症状
• ⾎圧低下:収縮期圧≦90mmHg• ⽪膚所⾒:⽪膚の紅潮→後に⽪膚剥離・落屑
落屑は特に⼿掌・⾜底にみられる• 多臓器の異常
筋⾁痛や筋⼒低下(しばしばCPKの上昇)消化器症状(特に重症の下痢)腎前性腎不全脳症
• 治療• 抗菌薬の有⽤性すら証明されていない• 毒素産⽣抑制→クリンダマイシン・リネゾリド• ガンマグロブリン
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どのくらいの株がTSST-1を産⽣するのか
• 対象:東京都に住む健常成⼈⼥性209名• ⿐腔および膣のスワブを採取した• 209⼈中108⼈から S.aureus が分離• 分離された159株中,14株(9%)が TSST-1産⽣• 209⼈中12⼈(5.7%)が TSST-1産⽣ S.aureus の定着• 2⼈(1.0%)が膣に TSST-1産⽣ S.aureus を保菌• TSST-1抗体保有率は東京⼥性が47%,アメリカ⼥性が
89%
Parsonnet J, Goering RV, Hansmann MA, et al. Prevalence of toxic shock syndrome toxin 1 (TSST-1)-producing strains of Staphylococcus aureus and antibody to TSST-1 among healthy Japanese women. J Clin Microbiol 2008;46:2731-8.
ご清聴ありがとうございました
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CDIの診断
①まずは臨床症状が大事
–無症状の患者は検査しない
②続いて,微生物検査
–C. difficileが存在するか?
–トキシンが存在するか?