NTT技術ジャーナル 2006.1 73
GROUP・TOPICS
2004年のアクセシビリティJISの
制定を受け,NTTデータではWeb
アクセシビリティ・ガイドラインを
作成するなど,情報システムのユニ
バーサルデザイン対応に取り組んで
います.ここでは,視覚障害者・高
齢者の操作特性に基づいたアクセシ
ビリティ・ユーザビリティの要件の
一部と,その知見を応用した技術開
発事例を紹介します.
情報システムのユニバーサルデザインとは
情報技術の発展に伴い,インターネットは日常生活における重要な情報インフラとして位置付けられるようになりました.そのため,一昔前のようなIT機器を使いこなせる人だけが使えればよい,という考え方ではなく,老若男女を問わず,IT機器があまり使えない人や,何らかの障害によってIT機器の操作が難しい人も含めて,さまざまな利用者が支障なく簡単に使える,という考え方が求められています.このような考え方に立ち,あらゆる
人々にとっての使いやすさに配慮するというユニバーサルデザインの概念,これを情報システムに取り入れることが,情報システムのユニバーサルデザ
インとなります.
動向
近年,国内外において情報システムのユニバーサルデザインに関する動きが活発になってきました(1).国外の動きとして,まずインター
ネット技術の標準化・学術機関であ る W3C( World Wide Web Consortium)の下部組織で,Webアクセシビリティ検討組織であるWAI(Web Accessibility Initiative)は,1999年 に WCAG( Web ContentAccessibility Guidelines) 1.0を勧告しました(2).ここで,「アクセシビリティ」とは,さまざまな人による利用が可能である度合いを指す言葉であり,最近では特に高齢者や障害者がどの程度操作できるかを示す言葉としてよく利用されます.WCAG1.0はWebアクセシビリティにおける世界的な標準指針となっています.昨年11月現在,WCAG1.0の次期バージョンとしてWCAG2.0の草稿版が作成されています(3).WCAG2.0では,特定のWeb 技術に依存しないように考慮がされています.また米国では2001年に改正した
「リハビリテーション法508条」によって,政府機関および政府調達にかかわるベンダに対して,政府の情報システムにおけるアクセシビリティの確保を義務付けています(4).一方,欧州では,欧州委員会が公共調達におけるアクセシビリティを義務化するために,第三者認証の仕組みが考えられています(5).昨年11月現在,欧州委員会と認証機関の間で協議が続いており,合意でき次第,標準化作業が開始される予定です.このような国外の動きに関連して,
国内では,2004年にJIS X 8341-3:2004「高齢者・障害者等配慮設計指針-情報通信における機器,ソフトウェア及びサービス-第3部:ウェブコンテンツ」が規格化されました.これは,Webアクセシビリティに関する国内の標準的な指針となっています(6).国策としても,最近ではユビキタス
ネット社会の実現を目指したu-Japan政策における4つの“u”の1つに“Universal”(「人に優しい心と心の触れ合い」と定義)を盛り込み,IT機器や情報サービスの使いやすさを求めるなど,より一層,情報システムのユニバーサルデザインに沿った考え方が社会的に求められます(7).
情報システムのユニバーサルデザイン対応に向けた取り組み
まつなが みつひろ ほり のぶひさ すがわら しょうへい
松永 充弘 /堀 晋久 /菅原 昌平NTTデータ
Service
ユニバーサルデザイン
アクセシビリティ
ユーザビリティ
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NTTデータの取り組み
NTTデータでは情報システムのユニバーサルデザインに対する要望の高まりを視野に入れて,これまで取り組みを進めてきました.その活動の中では,ユニバーサルデザインを,「アクセシビリティ(使うことができる度合い)が高い」のはもちろんのこと,「ある程度のユーザビリティ(使いやすさ)も必要」であるととらえています(図1).次に,NTTデータにおけるいくつかの取り組みを簡単に紹介していき,その後,研究開発部門における取り組みを紹介します.(1) Webシステム開発ソリューションへの組み込み
NTTデータのWebシステム開発ソリューションTERASOLUNAに対して,アクセシビリティの確保を行ううえでの開発手順と判断基準をまとめた「アクセシビリティ・ガイドライン/Web編」を組み込みました.これは,WebページまたはWebサイトのデザインおよび設計における考慮点を明らかにしただけでなく,このような考慮点を開発サイクルの中でどのように実践し,その対応度合いをどのように評価するのか,といった点まで踏み込んで,さまざまな開発現場で活用できるように整理しています.さらに,このような開発手順・判断基準を開発現場で実践するための評価体制・サポート体制を確立しました.(2) 標準化活動や省庁による委員会活動への貢献NT Tデータは,情報システム分
野の豊富な経験を生かして標準化活動に参画しています. I N S T A C( Information Technology Researchand Standardization Center:情報技術標準化研究センター)による前述した「JIS X 8341-3」の制定プロセス,お よ び JISA( Japan Information
Technology Services IndustryAssociation:情報サービス産業協会)による「標準化委員会 情報アクセシビリティ部会」にも参加しノウハウを提供しています.また総務省「公共分野におけるアクセシビリティの確保に関する研究会」(2004年11月~)では,地方自治体等が自らのWebサイトや各種サービス・アプリケーションのアクセシビリティを効果的に確保・向上できるよう支援するための評価方法・評価体制のモデル確立に協力しています.(3) 全社研究会の発足情報システムのユニバーサルデザイ
ンを全社に推進すべく,2005年度「ユニバーサルデザイン研究会」を発足しました.ユニバーサルデザインへの取り組みを進めてきた事業部門,事業支援部門,研究開発部門を中心に,ノウハウの共有と全社への積極的な情報発信を行い,社員の意識高揚を目指していく予定です.
技術開発本部の研究開発事例
NTTデータの研究開発部門である技術開発本部での取り組みは,大別すると2つのアプローチに分かれます.1つは,アクセシビリティやユーザ
ビリティを向上させるための要件を,できるだけ具体性を持たせながら実証に基づき明らかにしていくこと,さらには要件の体系化を図ることによって
個々の要件を参照すべき条件および工程を設定していくことです.もう1つは,画一的なユーザインタ
フェースによるユニバーサルデザインとは異なり,個々の利用者が持つ要件に合わせてユーザインタフェースの最適化を自動的に行う,個人適応型ユーザインタフェースの研究開発です.
Webアクセシビリティ・ユーザビリティ要件の抽出
システム開発の各工程で必要なアクセシビリティ・ユーザビリティ要件を明らかにすることを目的としています.アクセシビリティ・ユーザビリティ
の要件抽出においては,全盲の視覚障害者,65歳以上の高齢者を対象としました.取り組み手順として,視覚障害者,高齢者向けユーザインタフェースの有識者との意見交換,数名の高齢者,視覚障害者に対してユーザテストを行いました.意見交換,ユーザテストの結果から,それぞれの利用者がWebを利用する際に抱える問題や操作特性を把握しました.問題解決や操作性向上につながる
要件の試案を作成し,通常のWeb画面と試案を加味したWeb画面との間で,利用者が目的を達成するまでの操作性を観察しました.試案の有効性が認められ,問題解決につながる要件をアクセシビリティ要件,操作性の向上につながる要件をユーザビリティ要件としました.
図1 NTTデータが考えるユニバーサルデザイン�
*バリアフリーともいわれる�
アクセシビリティ*�(使うことができる度合い)�
ユニバーサル�デザイン�
ユーザビリティ�(使いやすさ)�
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2004年度,このようにして抽出した要件は,高齢者が28件,視覚障害者が38件となりました.その一部を次に紹介します.(1) 視覚障害者向け要件1:ページの冒頭でリンクの総数を表示し,選択肢の前に番号を付加する
視覚障害者は,リンクだけを読み上げてWebページを探索する傾向があります.その特性に沿って,ページの上部にリンクの総数を知らせます.さらに,リンクに番号を付加します(図2).ページの最初にリンクの総数を知らせることで,これから読み上げるページの規模が分かります.リンクの前に番号を付加することで,総数で示した値を基に自分がページのどのあたりにいるのか,後どのくらいページの中にリンクがあるのかが分かります.またページ遷移を繰り返していく中で,どのリンクから読み上げていけばよいかの目安にもなります.さらに,リンクは似たような言葉で書かれていることも多く,その量が多い場合には,利用者の記憶の負担が大きくなります.しかし,番号を付加することにより記
憶がしやすくなります.このことはページ探索の時間短縮にもつながります(8).(2) 視覚障害者向け要件2:パンクズリストは,ページ下部に設置する音声ブラウザは,Webページを
HTML言語の記述順に読み上げていきます.その特性に沿って,パンクズリスト*,広告などページのコンテンツに大きく影響しない個所は,ページの下部に設置します.もし,ページの上部にパンクズリストや広告などの情報がある場合,ページ遷移直後にリンクだけ読み上げても,パンクズリストや不要な広告を最初に読み上げなければなりません.そのため,ページの本文となる情報にたどり着くまでに,多くのリンクを探索しなければいけないため,ページの探索時間を要します.またどこからがページの本文か分からない,広告ばかりのページと勘違いしてページ本文を読み上げる前にほかのページへ遷移する可能性もあります.(3) 高齢者向け要件:文字サイズ,行間,文字間にも配慮する
高齢者は加齢に伴い,小さい文字で書かれた文書が読みづらくなってきます.また文字サイズ以外に文字間隔が狭いことも読みづらさに影響しています.同時に,行間隔が狭いとページを読んでいる最中に,どの行を読んだか,見失う場合があります.そのため,高齢者にとって読みやすい文書を作成するには,文字サイズ,文字間隔,行間隔に配慮する必要があります.
個人適応型ユーザインタフェースの研究開発
ユニバーサルデザインは,あらゆる人に使いやすいデザインを考える概念です.しかし,場合によっては,利用者ごとに本当に使いやすいデザインは大きく異なるかもしれません.例えば,PCが使えなければ,どん
なに良いWebサイトでもアクセスできません.また分かりやすさに最大限配慮したWebページは,使い慣れている
図2 視覚障害者のWebユーザビリティ向上につながる要件の例�
ページの冒頭で,ページ内のリンク数を提示する※�「選択肢の数は3件です.」�
リンクの前に番号を付ける※�「(1)場所から検索」�「(2)利用目的から検索」�
パンクズリストは,ページの�下部に置く�
※ページ本文と無関係なリンクは,� リンク総数,番号付けをしない.�
…�
*パンクズリスト:パンくずリスト(breadcrumbslist, topic path)Webサイトを1つの階層構造とみた場合,現在閲覧しているページの上位の階層に位置するページへのリンクを1行のリストで記述したもの.
人には煩わしく感じるかもしれません.このような個々の利用者のニーズに
対応することを考えると,さまざまなアクセス手段を設けるだけでなく,サービス内容を表すコンテンツをアクセス手段や利用者のニーズごとに作成・保守する必要があり,お客さまの手間やコストがかかってしまいます.NTTデータでは,1種類のコンテ
ンツを作成・保守するだけで,さまざまなアクセス手段への対応(マルチアクセス)や,個々の利用者に対する表現や操作方法の調節(パーソナライズ)を自動的に行う仕組みを研究開発しています(9)(図3).具体的には,個々の利用者やアク
セス手段に最適化するためのパラメータをシステム側で保持します.さらに,表示部分やアクセス手段との依存性が低い,抽象的なコンテンツとしてサービス内容を記述します.利用者からのアクセスに応じて,該
当する利用者やアクセス手段に対応するパラメータを有効にして,抽象的表現のコンテンツから,利用者やアクセス手段に合ったコンテンツを自動的に生成します.新たに生成されたコンテンツは,各アクセス手段を制御する仕組み(Webサーバや音声応答サーバなど)に伝達され,利用者が適切な表現や操作方法で使えるようになります.例えば,画面が見えづらく,Web
ブラウザの操作に慣れていない利用者に対しては,大きめの文字でシンプルに表現された,Webページを自動生成します.
今後の予定
今回の開発では,高齢者,視覚障害者のWebアクセシビリティ・ユーザビリティ要件を抽出し,Webの個人適応型インタフェースとして展開しました.今後は,Webアプリケーションに対応した個人適応型インタフェース
の開発を行うとともに,また高齢者,視覚障害者のさらなるアクセシビリティ・ユーザビリティ要件の抽出と,他の利用者特性についても要件を抽出する予定です.
■参考文献(1) “特集 ユニバーサルデザインに向けた取り組み,”NTT技術ジャーナル,Vol.17,No.8,pp.34-54,2005.
(2) h t t p : / / w w w . w 3 . o r g / T R / W A I -WEBCONTENT/
(3) http://www.w3.org/TR/WCAG20/(4) http://www.section508.gov/(5) http://europa.eu.int/information_society/policy/accessibility/com_ea_2005/a_documents/cec_com_eacc_2005.html
(6) “JIS X 8341-3: 2004 高齢者・障害者等配慮設計指針-情報通信における機器,ソフトウェア及びサービス-第3部:ウェブコンテンツ,”日本規格協会,2004.
(7) http://www.soumu.go.jp/menu_02/ict/u-japan/
(8) 松永・大森・遠藤・菅原・高橋:“音声ブラウザの利用を考慮したウェブリンクの提示に関する提案,”信学技報,SP2004-62,pp.31-36,2004.
(9) 中野・堀・遠藤・菅原:“視覚障害者のWeb閲覧を考慮した,Web閲覧支援システムに関する考察,”20 0 5信学総大講演論文集,pp.S89-S90,2005.
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使われるアクセス手段を気にせず�サービス提供に専念できる�
簡単・便利な音声入出力方式�
「ご利用になりたい施設名,またはご利用� 目的をどうぞ」�
「ご利用希望日はお決まりですか?」�
「テニス」�
…�
システム�
システム�
マルチアクセス・�パーソナライズサーバ�
公衆回線網�インターネット�
音声認識・音声対話制御機能�
各種支援技術の制御機能�利用者�
図3 個人適応型ユーザインタフェースのイメージ�
利用者に合った表現・操作方法や�アクセス手段で利用できる�
各種支援機器・�ソフトウェア�
携帯電話�電話/FAX
ネット�家電� 公共端末� PC
携帯型�情報端末�
利用者・アクセス手段に応じた�パラメータ管理機能�
コンテンツ自動調節機能�
アクセス手段制御機能�
サービス提供者�
医療機関�
自動調節された�表現方法・操作方法�
教育機関� 観光施設�
公共施設�地方公共団体�
金融機関�商店街�
市民団体・�NPO
(左から)堀 晋久/ 松永 充弘/
菅原 昌平
ユニバーサルデザイン対応の情報システムは,u-Japan政策に伴い今後ますます重要となります.そのため,システム開発の上流から下流までの全工程で,ユニバーサルデザインを考慮する必要があります.
◆問い合わせ先NTTデータ技術開発本部ソフトウェア工学推進センタTEL 03-3523-8142FAX 03-3523-8152E-mail [email protected]